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死に関わる記述のため、つらい方は読み飛ばしを推奨

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前回のブログから、少し遡り、2017年6月から7月ごろのこと。

祖母が亡くなる少し前から、私は、いろんな人の死に触れていた。


初めの手術入院の際、同室に子宮がんの人と仲良くなった。私が退院後もお見舞いに行った。抗がん剤を打ち、髪の毛が抜けてきたから、旦那様に短く切ってもらったんだとか、腹水でお腹が苦しいから、短いとシャンプー楽になってうれしいとか、産毛が抜けると化粧ノリが良くなるんだと笑いながらたくさん話した。お土産に持っていったゼリーも美味しいと言って食べてくれた。お互いまた会える前提で曇りのない「またね」で別れた。彼女も私も、本気でまた会えると思っていた。

これが1度目のお別れ。


また話が前後するが、手術前の受診で、子供の保育園の先生にお会いした。先生は、2年半ほど前から休職されていて、その時まで、理由は知らなかったが、ブレストセンターで会ったことで、同士であることが分かった。同じ主治医だし、お互い頑張りましょうと声を掛け合った。

それから半年あまり、保育園経由で先生の訃報を聞いた。

2度目のお別れ。


そして、8月の祖母との別れ。


2ヶ月ほどの間に、3人の死に触れることになった。


亡くなるタイミングなんて、私軸でたまたま重なっただけというのは分かっているのだが、死というものがリアルに突き刺さってきて、波のようにいくつも襲いかかってくる気がした。


穏やかで、賑やかで、幸せで、地に足ついた人生をそれぞれ歩んでいた3人。そんな人達の日常がぶっつりと切れてしまう。電源OFFにすると、モニターが真っ暗になるような感覚。突然暗転して無になってしまう恐怖。


そんな中での祖母の死は、また会えると信じて疑わなかった気持ちが空中分解しつつも、一番穏やかに受け入れられた死かもしれない。