人を好きになることはないと思う



寂しくて
切なくて
苦しすぎると
人はこうして極論を出したくなるのだと思う


命を絶つほどの勇気も発想もないが
そんな勇気のある人は本当に極論で自ら死ねる
それは勇気ではないのかもしれないけど
本当は強い人だったんだと思う
もう傷つきたくないし、人を傷つけたくなかったんだと思う。

逃げ路なんていくらでもあるのに
終わりにできるんだもん。

その強さと勇気をもってやり直すことができたならよかったのに。。



わたしの出す結論なんて鼻くそ程度だろうけど
わたしは本当にもう
異性を愛することはないだろうと。そう思う。


消えていた記憶がふと蘇り
その記憶が潜在的にトラウマとなっていたことを知る
なんで消えてた記憶がふと蘇るのだろう
それはそれに似た体験を今させられているからだろう
幼いころの記憶が戻ってきた

小さな頃にとても頑張ったんだね
忘れていいのに
いまも誰も守ってくれないから
ココロが小さいときのもっとキツイ思いを思い出させてくれた
あれを乗り越えて今があるなら
今だってきっとまたなにかの糧になるよ
乗り越えられなかったから消された記憶だったのかもしれないけど

あのときのあの人を今は恨んでいない。
きっと、今を恨むこともこの先ない。


そう信じてる。
もう、ここにしか書けない。
mixiってなんか身内過ぎて、「もうあんた重いわ」って何度も言われたし。
でも、なんかどうしても書いておきたい。

悔しすぎて。ここに。。。


インナーチャイルド
アダルトチルドレン


以前からそういう言葉は知ってたけど
身近にこんなにもピシャリな人が存在したとは予想もしていなかった。


幼いころの家庭環境や、育つ中に感じるものの中に
クリアーにしなくてはならないモノたちが、うまく処理されずに
オトナになっても心の闇を深くする。

もし、この闇が薄暗い程度のもので、そこに本気で死ぬ気で向き合ってくれる他人が
存在したならば、この問題は解決できるのではないかと思う。

でも、ココロに「こども」を抱えてる人に対して、周囲は大概「おとな」になっていて
もうこれ以上傷つけないように、そして波風たてないようにフンワリと包んでしまう。

「こども」は許された気になり、自分が正しいと判断して、「おとな」の優しさを都合よく使い出す。

悪循環である。

「おとな」はしっかり向き合い真剣に話すことがなにより大切であることに気づき
本気で叫んででも「ヒトとしてあるべきは」の最低限を伝える必要がある。

誰にでも多かれ少なかれ、大小関係なくあるのだと思う。

潜在的なそれらをコントールして笑っているのだとも思う。

わたしにもあった。きっと。
人を疑い、自分を嫌い、詮索して、また傷つく。。。
とにかく自分のしてることの気持ち悪さに気付けずに、繰り返し、馬鹿みたいに自分をまた傷つけ、
相手を追い込み関係を悪くした。
でも、本気でそれを気持ち悪いと怒ってくれる人が居て。
裏切られるのだとしても信じていくことの強さの意味を教わった。
そうすることで、はね返る全てが、たとえば辛くても自分を好きになる近道だった。

あの時、わたしを力づくで抑え込んで、罵ったように思えたあいつの行為は
わたしを唯一、ただ一人救ってくれた人の行為だったと思う。好意だと思い、感謝している。
そういう人に巡り会い、そして、泣きながら伝えあって揉め合う、それでも明日は一緒に居られる。
そんな当たり前の幸せをどうかあの人に教えてあげてください。

子供を育てることの責任の重さを知った。
こう知れたのはあの「こども」なあいつのおかげだ。
だから、わたしは今、悪いことをしちゃった子供を怒ったあと、自力でこちらに歩いて来て
ごめんなさいと言うまで抱きしめないでいる。

怒ることを途中で止めない。
緊張しながら謝ることは自分の罪を認める勇気なんだ。

それを認めて謝る力と、そうすることで人は許されるという温かさを教えたい。


どうかみんなにも本気でだめな所を怒ってくれる人がいますように。。。
そしてその人と本当の幸せを見つけられますように。。。

あの人の闇に光が射すように。。。。。
そんなわけで


久々に仕事をOFF。
あらゆる役割OFF。

今日はOFF!おふ!おわりー!今日は休みー、休む日ー。


そう何度でも自分に説明してあげないとOFFれない、わたし。


真面目か(笑)


いーんだ、たまには。
全部忘れて。



でも、こう。なんというか。。。



何かしなくちゃな気持ちが抜けない。





最近、人は自由でいーやとつくづく感じる。

だから、休みと決めた。


周りへの迷惑を知らないふりして。。



そんなこんなで
10月も頑張ってこメラメラ



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