涙ほろり。。
上の2曲を聞いておもわずほろりと涙がでました。
聞いた後で面白いと思ったこと、14歳の中村あゆみさんは「事実だけを歌う歌手」という
限定したくくりをつけてデビューしたということ。インパクトもメッセージ性もありますよね。
さすが大手エイベックス!
2曲目作るの大変じゃないかなー??^^;と思ったんですが
「体験談だけを歌う歌手」ではないので柔軟に対応できるハズです。
ぜひ2曲目は「事実しか歌わない歌手」に「幸せ」や「喜び」の
曲を作って欲しいと思いました。幸せになってほしいですね~。
と、そこでマルボロのこんな話を思い出しました。
1960年代、マルボロがタバコが全く売れずに苦戦していたときに
マルボロが自身を「タバコの会社」から「早く大人になりたい若者の夢を育む会社」に
販売戦略を変えたことで有名なカウボーイの広告が生まれた話。
>ロンドンのフィリップ・モリス社はマールボロ、ケンブリッジ、ダービーといったタバコをアメリカ国内で販売するために1902年にニューヨークに子会社を設立した。
1924年に同社はマールボロを女性向けタバコとして「Mild As May」のキャッチフレーズで広告展開を行った。
販売当初は、女性向けのタバコとして売り出したが、全くと言ってよいほど売れず苦戦を強いられた。実際広告で使われた当時のポスター等から、女性向けにキャンペーンをしていたのが確認出来る。吸い口が赤く着色されているのは口紅が付いても目立たないようにとの配慮であった。
その後、マーケティング戦略の大転換を行い、男性向けのタバコとしてカウボーイをモチーフにした広告戦略が取られた。これが、現在に続くマールボロ・ブランドの原点である。本来仕事上、一日中 馬に跨り、動物を相手にするカウボーイにとっては、火を使わない噛みタバコの方が人気なのだが、この宣伝効果によりカウボーイのタバコの代名詞になった。
第二次世界大戦中まで売り上げは伸びず、一時期市場から姿を消した。戦争の終わりまでにキャメル、ラッキーストライク、チェスターフィールドといった三銘柄がタバコ市場における確固たる地位を確保していた。
1950年代にリーダーズ・ダイジェスト誌が、喫煙と肺癌の因果関係に関する一連の記事を公表し、フィリップモリスを始めとする多くのたばこ会社はパッケージへの注意書きとフィルター付きたばこの販売を始めた。フィルター付きの新しいマールボロは1955年に発売された。
1960年代の初めにフィリップモリスは「マールボロ・カントリー」のキャッチフレーズで広告を展開し「マールボロ・メン」として知られている男性像を象徴したカウボーイを作りだした。マールボロの市場占有率は急上昇し、広告キャンペーン開始から8か月で5,000パーセント増加した。マールボロは大成功したカウボーイの広告表現を、1950年代以来現在まで継続している。
マールボロ (タバコ)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%9C%E3%83%AD_(%E3%82%BF%E3%83%90%E3%82%B3)
サブタイトルって大事ですね。






