先日バーススクールの日の朝晴れ

ふと忘れていた日を思い出しましたひらめき電球

・・・きっと、何かが思い出させてくれたんでしょうね天使


まさにそう、3年前の流産の日でした


考えてみると、流産した子達の命日って難しいですね

いつ成長がストップしてしまったのかがはっきりしませんから

皆さんはソウハ手術をした日とか、

出血が始まった日とかにされていらっしゃるのでしょうか?


そんなことを考えながら病院に向かったのですが地下鉄

今思い出したくない、何も今考えなくても、、、と思うところもありますが、

もともとこのブログを始めたメモ目的でもありますので、

振り返りながら憶えていることを書き留めておきます



、、、一瞬考えながらも、えっ!?

2年前だったっけ? or 3年前???

と、自分でも時間の経過がわからなくなるほど、いろんなことがあった3年間でした砂時計


当然前向きに5回目の妊娠を考えた時期もありましたが、

立ち向かう勇気・気力がなかったり、

夫との不仲ハートブレイクそして、離婚を真剣に考えたことも・・・

よくぞここまで持ち堪えた(笑)と今だから笑って話せますが、

これはきっと直面してみないとわからない感覚ですよね汗



ここからはちょっと長くなりますので、

ご興味のある方は覚悟の上お読みください



*2004年5月初旬・・・3度目の流産

               N医大にてひと通りの不育症検査を実施

               抗カルジオリピン抗体陽性のため、

               高温期からのアスピリン服用をするが、胎嚢確認後の流産

               (心拍確認できず)


               ソウハ手術後、次回の妊娠時は+ヘパリン注射併用に決定


               ※こちらの経過については、また後日詳しく書きますね



*2004年10月下旬・・・4度目の妊娠発覚


*      11月上旬・・・胎嚢確認後、ヘパリン自己注射練習のため入院

                当初、2、3日の予定だったが、どうせなら心拍確認まで

                入院しましょうとの方針変更で、退院延期

                (後から考えると、最初から雲行きが怪しかった模様)


                外来での主治医はT教授でしたが、

                病棟での担当医は現在の主治医であるI先生

                週1回の教授回診以外はI先生の診察でしたが、

                何度かT教授は病室に顔を出してくれました

                

                入院初日夜は確か看護士さんが注射してくれましたが、

                翌日からは自己注射に、、、

                12時間おきに1日2回なので、

                私は朝8時と、消灯前の夜8時の2回行いました

                (すみません、記憶が定かじゃないですが多分、、、)

                注射が苦手な私は、最初”自己注射なんてとんでもない”

                とかなりビビっておりましたが、そんな心配はよそに

                ”けっこう度胸いいですね”とブスっと一気に刺せました

                お腹は大きくなってきたら抵抗がありそうだったので、 

                太ももの内側に刺してました

                (すぐに青あざだらけになってました)

                

                胎嚢確認までのhcgの数値は順調でしたが、

                T教授の指示で行った入院後の検査では、

                どうやら正常に上昇していなかったようです

                (私の気持ちに配慮してか、

                I先生からはそれは知らされていませんでした)

 

                4日に1回ほど、超音波診察を行いましたが、

                胎嚢は少しずつ大きくなっているものの、心拍は確認できず

                (2、3回目の流産とほぼ同様の経過、、、)

                軽いつわりのような症状(食べづわりのため食欲増進)、

                眠気、胸の張り等

                妊娠の症状はあったものの、日に日に減退していく感覚

                けど、まだ諦めたくない、諦めちゃダメだよ 

                そんな葛藤が続く

 

                洗面所で顔を何度か合わせた妊婦さんと少し話をする

                ”子宮後屈”で入院しているとのこと

                ”いつも明るくて元気そうですよね~?”と、、、

                私明るいかな?  無理してる?(汗)


                入院後、10日を過ぎた頃だったでしょうか?

                週末I先生から外出許可が出る

                ”外で美味しいものでも食べて、気分転換してくださいね”

                私は自宅に一度帰りたかったのですが、

                私の身体を心配した夫がわんこを連れて車わんわんわんわん

                やって来てくれました

                根津・千駄木界隈を散策しながらコーヒー、半日お散歩足あと

                わんこの1匹が亡くなった今となっては、

                楽しかった思い出になっています

                ・・・カメラ撮っておけばよかったな

                (当時はそんな余裕はまったくなかったんですよね)

 

                後から聞いた話ですが、この頃既に先生方の間では、    

                そろそろ”流産”という診断を下してもいいのではないか、

                という話し合いがなされていたようです

                ただ、4度目という回数を考慮してなのか、

                私にはまだ知らされていませんでした

                (う~ん、この配慮もびみょうですよね(>_<) )

 

                この頃だったかな?

                T教授が心配そうな顔をして、

                突然ベットの前に立っていらっしゃいました

                hcgの数値が順調に上昇していないので、

                経過は決してよくないと、、、思わず 

                ”また流産だったら、ソウハ手術するんですかね?”と、

                聞いてしまいました

                ”嫌ですか? そうですよね・・・” と先生


                夫が見舞いに来ていた日曜日の夕方、

                (入院から2週間余り経過)

                生理前のような腹痛を感じてトイレへ行くと、

                やはり少量の出血・・・やっぱり始まってしまったか、

                と覚悟はしていたものの、最後通告をされた気がして、

                夫に話しながら号泣

                (ただ、大部屋なので声は一生懸命殺しました)

                

                翌朝の診察で、少量の出血は続いているが、

                なぜか退院許可が出る

                何だか複雑な気持ちだったけど、

                とりあえず自宅に帰れるのは嬉しい

                看護士さんにも ”後悔がないようにね” と一応数日分の

                自己注射セットを出してもらい帰宅

                

                その夜から徐々に出血がひどくなる

                ひどくなるようなら病院に連絡するようには言われていたが、

                また病院へ逆戻りする気にはなれず、

                そのまま安静にして過ごす

                

*     11月23日・・・ 翌日、友人から連絡があり、

                近くに来ているから差し入れ持って行くよ~

                と優しい言葉に涙が出る

                (夫は祝日なのに終日仕事)

                出血がひどくなってることを話すと、バカすぐ病院行きなよ!

                車で来ているから病院まで送ってくれるとのこと

                やっと電話する勇気が出て、病院に連絡

                そのまま友人の車で病院へ逆戻り

                (このときのことは、

                 今でも友人に感謝の気持ちでいっぱいです)

                

                到着後すぐに診察、、、既に完全流産だった模様

                (すみません、肝心なこのあたりよく憶えてません)

                祝日でI先生はお休みだったが、

                看護士さんが連絡を取ってくれる

                その間 ”入院していた大部屋は嫌ですよね?” と、

                2人部屋(お隣は空きベット)に通してもらう

                ぼーっとしながら、着替えをしたりしていたら、

                看護士さんが戻ってきて

                ”今、I先生と連絡が取れたのですが、

                 moanaさんはもともと

                 ソウハ手術をご希望されてなかったんですよね?

                 なので、今日はこのままお帰りください

                 次回のI先生の外来でまた診察しますので”

                と、いうことで数日分の薬を受け取り、またまた自宅へ逆戻り

 

                後日、外来でのI先生からのお話によると、

                入院時から私がソウハ手術はもう嫌だ、と話していたので、

                (1~3回目の流産は3回とも手術をしました)

                敢えて教授方針に逆らってくれたそうです

                (T教授の方針=N医大の方針では、

                 流産後の子宮の回復のためにも、

                 ソウハ手術は基本となっているそうです)

                また、サイレイトウは3回目の流産以降飲んでいなかった

                のですが、そちらの服用そして、今後のためにも

                基礎体温をしっかり記録しておくことも勧められました

                そして、これも4度の流産の私を考慮してか、

                他の大学病院の受診も遠まわしに勧めてくれました


 

以上、長々と書きましたが、

こんな感じで私の4回目の妊娠は幕を閉じました