「え、ミクシルの・・・!?」

「う、うん。まだ予測でしかないから分かんないんだけど・・・。」

私たちは、町の中で調査を続けていたルーたちを見つけ、声をかけた。

ルーたちは意外とまだそんな遠くには行ってなくて、すぐに合流出来たんだ。

メルが、このままだとミクシルの古代石が危ないんじゃないかと告げると、ルーは驚いた様子ながらも、顎に手を添え神妙に頷いた。

「確かに・・・一理ある。よし、すぐ出発するぞ!」

ルーはそう言って、くるりと体の向きを変えた。

え、えぇっ!?そんな突然!?

まだ、私たちの憶測を伝えて10秒も経ってないのに。

ルー、決断が早すぎてついていけないよぉ・・・。

確かに、古代石は心配だけどさ。それにしたって、急すぎない?

「調査はもういいの?」

私は、準備の時間を取ろうと思い、それらしい理由を言ってみる。

その瞬間、何故かルーが呆れたように溜め息をついた。

ほえ?私、何か変なこと言った?

「お前・・・本気にしてたのか・・・・・・。」

ぽつりとそう言い残し、ルーは町の入り口に向かって歩き出す。

え、ちょっと!またわけも分からず置いてかないでよ!

何だか、ギルンニガに来てから、こういうのよくある気がする・・・。

私、本当に悪気はないんだけどな。何かしちゃってるんだろうなぁ。

私は慌てて、ルーの背中を追いかけた。


町の外に出てすぐに、ルーはあの珠玉を取り出した。

珠玉は、変わらず綺麗に輝いている。

「来い、魔獣!」

ルーがそう叫んだ瞬間、2体の狼型魔獣が森の方から飛び出して来た。

うわぁっ、また来た!

昨日の恐怖を思い出し、オカリナを構えようとしたけど、何だか様子が変だ。

勢いよく飛び出してきた割には、興奮してないし・・・なんていうか、大人しい?

私は警戒を解き、構えかけたオカリナを下ろす。

もしかして、これ・・・ルーが?

だとしたら、すごい。動きを鎮めるだけじゃなくて、自分の思う通りに操れるんだ。

感動して魔獣に触れようとした私の体が、不意にふわりと宙に浮かぶ。

え、えぇっ!?何!?

「お前もさっさと乗れ!置いてくぞ!」

気付けば、魔獣にまたがったルーが、イライラしたように私を怒鳴りつけていた。

そ、そんなこと言われても・・・この状況じゃ、絶対無理!

必死に抵抗しようとすると、私の体は自然とルーの後ろ――――魔獣の上に乗る。

その時初めて、私の体がルーに操られていたことに気付いた。ルーは、動きの遅い私に痺れを切らし、無理矢理魔獣に乗せたらしい。

す、すごい・・・私と魔獣、同時に操ったの!?

背中からルーの体温を感じながら、私は心底驚いていた。さっき以上に、感動が強くなる。

ルー・・・古代の民って、何者なの?

昔話や伝説でしか、聞いたことがないんだ。実際に、その能力を目の当たりにするのは初めてなの。

だから、もっと知りたい――――ルーたちのこと。たくさん旅をして、話をして、分かりたい。

そうすれば、いつか必ず“友達”になれるかな・・・。

そんな穏やかなことを考えていると、突然全身に衝撃が走る。

瞬間、周りの景色がひっくり返った。

え・・・えええぇっ!?

「ひあぁぁっ!」

もの凄いスピードで、魔獣が走りだしたのだ。しかもよりによって、道ではない場所を。

草木の間を左右に避けながら、魔獣は奔走する。後ろからは、メルとサティの乗った魔獣――――恐らくは、サティが操っているんだろう――――も、私たちを追いかけるように走ってくる。

「ル、ルー・・・これ・・・もっと遅くならないのっ!?」

私はルーの白装束にしがみつきながら、必死に訴えた。

けどルーは、全然平気そうな顔をしている。それどころか、蔑むような目で私を睨んできた。

「オレがそうしろって魔獣に指示してんだよ。お前がとろいからな。」

「え、わ、私!?」

「当たり前だ!お前以外に誰がいんだよ。」

と、とろい・・・何かよく分かんないけど、すごい傷つくこと言われたぁ。

その時、ようやく魔獣は森を抜け、道らしき場所に戻った。私たちの服には、葉っぱが大量に貼りついている。

前が見通せる分、少し恐怖は減った。それでも、スピードが変わってないからまだ怖い。

その速さにも慣れてきた頃、私はルーに問いかけた。

「ねぇ、ルーたちは、私たちを助ける前レトロアに行ってたんでしょ?道聞いてたもんね。」

「は?・・・うん、まぁ。」

ルーの返事は、曖昧だった。どうしたのかと思ったけど、振り返ったルーの表情を見て理解する。

さすがにずっと魔獣を操っているからか、ルーの表情には疲労が見えた。さっきよりも顔は青白いし、眉間にシワが寄り、汗もかいている。

だ、大丈夫なの?ちょっと休んだ方が・・・。

そう声をかけようとして、

「話し始めたんだったら最後まで言えよ!本当お前とろいな。」

突然ルーに怒鳴られたから、びっくりして言葉が喉の辺りで止まる。

よ、余計に疲れさせちゃったかな。どうしてこうなるんだろ。私、そんなつもりじゃなかったのに・・・。

でも、よく考えたらルーが休憩なんて許すはずもない。ルーは、ミクシルの古代石を守ろうと必死なんだから。

とにかく、さっきの話を続けなきゃ。

「え、えと・・・どうして、炎竜石が盗まれたこと、知らなかったの?レトロアに行ったなら・・・。」

「“誰かさん”が町の人全員眠らせてたから、何も聞けなかったんだよ!小さい子供は何も言わねぇし・・・。何かおかしいとは思ってたけど、まさか古代石が盗まれてたなんて思わなかったし、能力者もいなかったから、何もせずにお前ら追いかけたんだよ。お前らがレトロア出身の能力者ってのは、何となく分かってたからな。」

言いかけた私の言葉を、ルーが遮るようにまくしたてた。

だ、誰かさんって・・・もしかして、私!?

そ、そんなとこでも迷惑かけてたなんて・・・ルー、だから私に冷たいのかなぁ。

さっきから怒らせてばっかりだし、本当私って駄目・・・。

「ほら、ごちゃごちゃ言ってないで降りろ!」

「ひゃあっ!」

再び、勝手に体が宙に浮く。

いつの間にか、ミクシルに着いたらしい。まだ魔獣が完全に止まっていないにも関わらず、ルーは私を魔獣から降ろしたのだ。

その直後、ルー自身も魔獣から飛び降りた。その軽い身のこなしに、思わず見とれてしまう。

うわぁ、ルーって運動神経もいいんだね。すごいなぁ。

そんな私を気にも留めず、ルーは魔獣を森に帰し、私の前をすり抜け一目散に町の中へ走っていった。

え?ちょっと、待ってよ!

私、ミクシルって町知らないのに。置いて行かれたら、迷っちゃうよ。

私は、後から来たメルとサティと一緒に、ルーの後を追いかけた。


しばらく走ると、建物に囲まれた広場の中心に、人だかりが見えた。

何だか、嫌な予感がする――――・・・。

「どうしたの!?」

私たちより一足先に辿り着いたルーが、慌てた様子で町の人を掻き分ける。

やがて、人だかりの中心部分に入っていった。

その瞳に映ったものは・・・・・・。


「天空石(ペガスシア)が・・・ない!遅かった・・・っ!」


ルーは悲痛な声を上げ、悔しそうに地面に拳を打ちつけた。

私たちも残された土台を目にして、ショックで言葉が声にならなくなった。

そんな・・・ここの古代石も盗まれたの・・・!?

“天空を行き交いし翼をもつ天馬神”が宿る古代石――――『天空石』。

また・・・守れなかった。

もう二度と、人々に不安を与えてはいけないって思ってたのに・・・。




――――その時だった。

「そこの2人・・・古代の民ね?来てもらいましょうか。」

不意に、頭上から声が降ってきた。

見上げると、冷たく、鋭い眼差しをした女性が、ルーとサティを見下ろしていた――――・・・。