「あ・・・あの・・・やめて。」

その時、横でずっと震えていたメルが、私と少年の間に割って入ってきた。

!メル・・・!

少年の動きが、一瞬止まる。

「メル、逃げて!メルだけなら、レトロアに・・・。」

私は必死に叫んだ。

メルだけは――――助けなきゃ。

守りたい存在。守らなきゃいけない存在。

私はどうなってもいい。メルを助けられれば・・・。

けど、メルは意外にも落ち着いていた。

足取りはしっかりしているし、声の震えも幾分か治まっている。

「で、でも、リオを置いて行けないし、この人・・・別に、悪い人じゃないと思う。」

ほえ?

メルの言葉に、驚きを隠せない。

悪い人じゃない・・・?私たちを、こんな扱いしてるのに?

少なくとも、味方じゃないと思うんだけどなぁ・・・。

「とにかく、リオを離してあげて。」

メルがそう言うと、少年は呆れたように首を左右に振り、

「仕方ないなぁ。」

少年がその言葉を発した瞬間、私の体に自由が戻った。

ふわりと体が突然軽くなり、バランスが取れなくてふらついてしまう。

やっぱり、この子がやってたんだ・・・・・・でも、どうやって?

「・・・お前みたいな馬鹿には教えてやるよ。」

私の心を読んだかのように――――“気”というものなのかもしれない――――、タイミングよく少年が言った。

「馬鹿」って言葉にはちょっとむっとしたけど、まあ何か教えてくれるらしいし黙っておこう。

少年は、そんな私を気にも留めずに続けた。

「さっき言っただろ、古代の民は動物を操るって。人間も“動物”なんだよ。そこら辺の犬猫や魔獣より、少し知能の発達してる、ね。」

え・・・?

私たち人間は、“動物”。

だから、私の体を操れた・・・ってこと?

何だ、単純。私でも理解出来るよ。

それでメルは、私を止めようとしたんだね。

「だから、お前ら人間はオレらに逆らえないの。利用価値があるってわけ。」

そう言いながら、少年は微笑んだ。

・・・この男の子の言ってることは、酷い。

でも、どうしてだろう・・・何だか憎めない。

メルの言ってる「悪い人じゃない」っていうの、分かる気がする。

私は、この子のことを知らない。だから、はっきり言えるわけじゃないんだけど・・・。

――――虚勢を張ってる?

この子からは、嫌悪感よりも「寂しさ」や「悲しみ」が伝わってくる。――――・・・そんな気がする。

「で、でもさ。僕たち、君みたいに強くないよ?一緒に行くって言っても・・・迷惑がかかるだけだと思うんだけど・・・。」

メルが、少年に向かっておずおずと口を開いた。

“一緒に行く”っていうことに対しての、精一杯の返答らしい。

確かに・・・そうだよね。

私たちじゃ、利用どころか迷惑をかけるかもしれない。さっきだって、この子たちが来てくれなかったら・・・。

それに、どうして私たちなんだろう。他に、能力者や強い人が全くいないわけじゃないよね。

「私なんて、もう10年以上前から能力があるのに・・・上手くコントロール出来ないし。」

私たちは――――ううん、メルはそうでなくても、少なくとも私は――――弱くて、何も出来ない。

この広い世界で、ちっぽけな存在。メルみたいに頭も良くなければ、ジェルバみたいに運動が出来るわけでもない。何かを守る強い力もない。

私の中にあるのは・・・メルのお父さんとの、たった1つの約束だけ。

それすら、守れるか分からない・・・。

俯き、顔を上げない私に、少年が言った。

「・・・オレらは、オレらと同じ古代の民の末裔を捜して旅をしてる。この際、能力の強さなんてどーでもいいよ。死ぬ時は、勝手に死ぬといい。・・・それに、お前。」

少年はそこで、一度言葉を切る。

数瞬の沈黙が、私たちの間に流れた。

「・・・“人間”にしては強いよ。初め、古代の民かと思ったくらい・・・。」

ほえ?

予想外の言葉に、呆気に取られて何も言えなくなる。

それって、私に言ってるの?メルじゃなくて?

メルならともかく、私がそんなに強いわけがない・・・信じられない。

自分の能力も使いたい時に使えなくて、人の役にも立てなくて・・・。

そんな私が、古代の民みたく強いわけないよ。

「意識して能力を制御出来ないのは、逆に言うと“能力が強すぎるから”。・・・って見方もある。」

ぽつりとそう付け加えて、少年はくるりと体の向きを変え、私に背中を向けた。

能力が・・・強すぎる?

そんなの、分かんない。町の中は平穏で、能力なんてほとんど使わなかったから。

町の人に見られるくらい大きな力を使ったのは、能力を得た一番最初と、今朝みんなを眠らせた時それ2回きり。

それに、私が能力を得た日は雨で、私が『音波の円舞曲(ワルツ)』――――超音波みたいなもの――――でメルへのおみやげのぬいぐるみを切り裂いたことなど――――誰も知らない。あの場にいた人以外は、誰も。

メルのお母さんも私の両親も、町の人には口外しないでいてくれた。私が、言わないでと頼んだから。

メルに関しては、その時の記憶すらないだろう。――――まあ、結局メルが覚醒した日に話したんだけど。


この能力について、知っていることを全て話しても、メルは少し驚いてみせただけだった。

お父さんのことは、言えなかった。私たちを庇って、山賊に殺されてしまったなんて。メルはただ漠然と、「父親はもういない」としか認識していない。

それでも、メルがお父さんのことを聞いてくることなんて一度もなかった。

お母さんにも気を遣っていたのかな。ショックで病気がちになってしまったお母さんに・・・。

とにかく、能力のことだけはありのまま全て話した。私も、知っていることはそんなに多くはなかったけど。

メルは、怖くないんだろうか。不思議じゃないんだろうか。――――不安はないんだろうか。

反応の薄いメルを見て、幼い私はそう思っていた。

でも、すぐに思い直した。メルは強いんだなって思ったんだ。

思えば、それまでのメルは、いくらからかわれても、いじめられても、少しも弱音を吐かなかったっけ。

いつも笑っていて、優しくて、優秀でしっかりしてて、でもたまにどこか抜けているメル。

少し気弱だけど、でも本当のメルは弱くなんてなかった。

私たちには――――お互いがいる。支えあえる。弱くなんてないんだ。

そう考えているうちに、頭の中で何かがすっきりとまとまった気がした。

私はメルに、率直に思ったことを告げる。

「ねえメル、この子たちと行こうよ。」