もうどれくらい歩いただろうか。
私たち、町にちゃんと向かってるのかな・・・。
「地図が無いからなぁ・・・方向は合ってると思うんだけど。」
メルが、周りをきょろきょろ見回す。
私たちは、レトロアから一番近い町ヤムルを目指している・・・はず。
さっきの男の子たちと別れてからというもの、随分長い間歩いてるのに、町どころか人すら見掛けない。
要するに、私たち迷ってるんだよね。
地図が無い上に旅に慣れていなく、町から出たのは初めてで土地勘もない――――最悪な状況。
メルの頭の中の地図の記憶だけが頼りだった。
このまま、町に辿り着けなかったらどうしよう・・・不安。
「あれ?森に入っちゃった・・・。」
気付けば、私たちは鬱蒼とした木々に囲まれ、薄暗い森の中だった。
ヤムルに行くまでに、森って通るのかな?
でも、どっちにしろ分かんないよ。
もうっ、どうしよう!
「良かった。森に入っちゃえば大丈夫だよ、リオ。」
不意に、前を歩いていたメルが、私の方を振り返って言う。
ほえ?道、合ってるの?
そこで突然、メルが足を止めた。
何事かと疑問に思う私の目の前で、メルが腰に掛けてあるケースから取り出したものは、長方形で分厚いもの――――本だった。
その本は古びていて、もとは赤かったであろう表紙は色褪せ、ぼろぼろになっている。
ああ、なるほど。
そこでようやく、私も納得する。
メルは、本のある1頁を開いて片手に持ち、意識を集中させた。
「――――木よ、草よ、花よ。全ての植物は我と契約し、緑の神君臨す――――。我が名は木幽霊(ウェリスト)の力の行使者。我は望む、道標を。我が下へ、力を――――・・・!」
次の瞬間、たちまち木々の枝や根が伸び、ある一方向へと向いた。
薄暗い森の中で、一斉に木々が意思を持ったように動き出すその様は、傍からみればおぞましいものにしか見えないだろう。
でも・・・これが、メルの“能力”。
特殊な本――――古びたそれは、能力を使えるようになった時、いつの間にか手にしていたらしい――――を用いて、植物を自由に操る。
今のは、町がある方向を聞いたんだと思うな。
メルがこの能力に目覚めたのは、6年前――――7歳の頃。
町に怪しい行商人が来た時、無意識のうちに植物を操り、追い払ったんだ。
メルはもともと本が好きで、まさか持っていた本でメルがやったなんて、誰も思わなかったみたい。
初めは私もびっくりしたんだ。まさか、自分の他にも能力者がいるなんて思ってなかったから。
突然動き出し行商人を襲った不気味な植物を、町の人は「神が降臨した」って言ってた。
“神の力”ってことでは、町の人たちの言い分も間違ってはないんだけどね。
別に、能力のことがバレたって、何が悪いってわけじゃない。でも・・・。
私は、無意識のうちに隠してた。
怖がられたくなくて、嫌われたくなくて――――・・・。
そう思ったら、いつしか誰にも言えなくなっていた。
でもメルって、すごいんだよ。
私より後に能力を使えるようになったのに、今では私よりも器用に使いこなせるんだもの。
やっぱり、頭が良いからかなぁ。
「行こう、リオ。」
メルに促されて、私たちは木々の示す方向へ歩き出す。
――――その時だった。
どこからともなく、獣の唸る声が聞こえる・・・。
私はびくりと身を固くし、その場に立ち止まった。
な、何?怖いよ・・・。
「・・・や、やばいかも・・・。魔獣(ウィスタル)に、見つかった・・・?」
メルは声を震わせ、小声で言った。
それを聞いた瞬間、私の体にも震えが走る。
「え、えぇっ!?魔獣って、学校で習ったあの!?」
先生が脅かしてたから、よく覚えてる。
確か、見た目は動物と変わりないんだけど、この先祖は悪魔で、人間を襲うんだとか・・・。
うわぁ、嫌だなぁ。
先生は、こうも言ってた。
『もし襲ってきたら、逃げるか、それが出来ないようなら戦いなさい。遠慮は無用よ。』
私、戦うのは嫌いなんだけどなぁ。
・・・この能力で、戦えるかな。
「リオ、何してるの!迷ってる場合!?」
メルが、今にも泣きそうな声で本を構えている。
まだ、上手く出来るか分からないけど・・・。
「・・・行くよ!」
その声が合図だったかのように、草の茂みから狼のような魔獣が現れた。
相手は2匹・・・眠らせてる間に逃げられるかな。
正直言って、狼型魔獣(ウルフウィスタル)とまともに衝突するのは、私だって怖い。
動きを止めて逃げた方が、得策だと思う。
「――――眠りなさい、安らかに。汝眠る時、我君臨す――――。・・・第1楽章、『眠りの歌』!」
私はすぐにポーチからオカリナを取り出し、それを吹いた。
なのに――――・・・。
「どうして・・・?どうして効かないの!?」
目の前の魔獣は、眠る気配が全くない。
私はいつ襲われるのかと、恐ろしくなる。
眠るはずなのに・・・どうして!
「でも、襲ってこない・・・動きが鈍くなったよ。少しは効いてるみたい。もしかすると、悪魔と神は互いに打ち消しあう存在・・・となると、僕たちも平気かも・・・。」
メルが、手に構えていた本を少しだけ下ろし、何か考え込むようにもう片方の手を顎にやった。
メル、何で急にそんなに冷静になるのっ!?
さっき、あんなに必死に戦おうとしてたのに。
とりあえず何かしないと、食べられちゃうよぉっ!
私は頭の中が真っ白になり、とりあえず何かを――――自分でも何をしたいのかよく分からないけど、とにかく何かを唱えようとオカリナを再び口元に寄せた。
その時――――。
「魔獣、帰れ。」
――――え?
不意に、上の方から落ち着いた声がした。
その方を振り仰ぐと――――・・・。