桜がもうすぐ散り終わる。
大好きだったあの笑顔。
いつも周りを困らせて、手のかかる子供みたいだったけど、本当は誰よりも優しかった。
――――今日、李駆斗がこの町からいなくなる――――・・・。
空港まで見送りさせてって言ったのに、結局人前で泣きたくないからって、最後に小学校で会う約束をした。
今日は土曜日。学校には先生が少ししかいなかったから、会うのには打ってつけだった。
「紫昏ー!」
李駆斗が笑顔で、こっちに向かって走ってくる。
「もう、遅いよーっ!」
「悪りぃ悪りぃ。ちょっと用事があってな。」
こんな時に用事なんて、何だろう。
私は不思議に思ったけど、李駆斗の顔が思ったより晴れ晴れとしていたので、余計なことを聞くのはやめた。
「・・・いつの飛行機で出発なの?」
「おじさんが羽田空港まで迎えに来てくれるから、ちょっと早めに行った方がいいかな。3時10分に直通バス乗り場に着くように行くよ。」
「そっ・・・か。」
何だかんだで、李駆斗は嬉しそう。
そうだよね、ちゃんと面倒見てくれる人がいた方が、いいもんね・・・。
「あ、そういやさ。」
ふと、李駆斗が口を開く。
「母さんたちがおかしくなっちゃった理由、紫昏に言ってないっけ?」
ズキン・・・。
心の傷が疼く。
もう李駆斗は、大丈夫なんだろうか・・・。
「小3の時・・・出来なかった妹がいただろ?本当はあの時からずっと、ちょっとおかしかったんだ。母さんは入退院を繰り返すし、父さんは帰りがどんどん遅くなるし。きっと、みんなの心は壊れちまったんだな。」
そん・・・な・・・。
そんなことがあったなんて・・・。
「・・・なぁ、紫昏。」
「何?」
「5年前のこと、覚えてるか?」
5年前・・・。
そう、ここで李駆斗と出会った――――・・・。
「覚えてるよ。忘れるわけないじゃん、あんなこと。」
「紫昏・・・あの時言ったこと、まだ根にもってんのか?」
私の言い方にとげがあったようで、李駆斗が苦笑いしながら言う。
違うよ、李駆斗。
私本当は、こんなこと言いたいんじゃない。
どうして私って、こんな時まで素直になれないんだろう・・・。
自分で自分が、嫌になってくる。
「・・・紫昏。」
「ん?」
もう一度李駆斗の問いかけに答えると、髪の毛をぐしゃぐしゃっとされた。
「なっ、何すんの!」
いきなりのことでビックリして、李駆斗をよけようとしたら・・・。
ゴン!
後ろにあった桜の幹に、思いっきり頭をぶつけた。
「いったーい!」
「あははっ、そのドジは次会っても、変わってなさそうだな。」
李駆斗がおなかを抱えて笑ってる。
「ひどい。次に会った時はもっともっといい女に成長して、李駆斗を驚かせてやるんだから。」
「さあ、いつになるのやら。紫昏って、童顔じゃん。」
「!きっ、気にしてること言わないでよ!本っ当昔から・・・。」
でもね、今はもう、ドジってことは気にしてないんだ。
それは、李駆斗のおかげ。
ドジをすると、李駆斗が一番に助けてくれたから。
あの時の優しさが、大好きだから。
こんな時も、頭を優しくポンポンって、たたいてくれる。
そう、出会ったあの日のように――――・・・。
「じゃあ、オレそろそろ行くわ。」
「え!?もう?」
「うん、引越し用は送ったけど、持ち歩くやつ整理してないし。じゃあな、紫昏。・・・あ。」
行きかけてふと、李駆斗が立ち止まる。
「そういえば、渡すの忘れてた。」
ポン。
李駆斗が私の手に乗っけたのは、小さな指輪。
ハート型の石がついていた。
「え?これ・・・。」
「さっき買いに行った。これ、持っとけ。オレがもっと大きくなって、紫昏を守れるくらいの男になったら、そしたら・・・帰ってくるから。その時まで、待っててくれるか?」
李駆斗の心使いが、とても嬉しかった。
言葉にしなくても、分かる気がした。
これは、李駆斗なりのメッセージなんだ。
李駆斗が帰ってきたら、つき合おうって・・・。
「当ったり前じゃん!いくらでも待ってるよ!」
「そっか。サンキュ。じゃ、な。」
「うん、元気でね!」
小学校時代、もう会うことが出来ないのなら――――・・・。
最後にあなたの瞳に映るのは、笑顔でありたい。
李駆斗は駆けて行き、その背中はどんどん小さくなっていく。
「李駆斗・・・。」
私は李駆斗の姿が見えなくなると、その場にしゃがみ込んで思いっきり泣いた。
一生分の涙が溢れ出たと思うくらい。
「李駆斗っ・・・好きだよ・・・!」
その言葉を繰り返していることしか出来なくて・・・――――。
こうして、李駆斗と出会った空は、
李駆斗との別れの空となって、
いつまでも青々と晴れ渡り、
私の心の塊を溶かしてくれた――――・・・。
そして、16歳。
また君と出会う―――――。