『ゲド戦記 最後の書 帰還』ル=グウィン 著 

の初版発行が1993年3月。

ということは、はや31年という歳月が過ぎて。

 

もう一度この本を手に取ったのは、ほかでもなく、登場人物のゲドやテナーが、今の私と同じく長い年月と年齢を重ねてきた人物として描かれていたから。

若い頃読んだときには、そんなこと、考えもしなかった。

若くて力に溢れ、誇り高く、凛々しく、そして正しい責任感とヴィジョンに導かれて偉業を成し遂げたのちに、往年の力を失い抜け殻のようになってしまった、魔法使いゲドの再生の物語、或いは、神聖な(しかし闇の生き物に“食らわれる”運命の)巫女、という身分を捨て去り、一介の農家のおかみさんとして生きてきたテナーが二度目の新しい人生を始めようとする物語、だったと記憶していたので、もう一度読んでみたかったのだ。

 

例によって私の記憶は不完全で、ゲドは魔法を失い憔悴した 「ただの男」 になっていたわけじゃなかった。 にやり

未だに竜と会話のできる 「竜王」 であったし、子どもの頃身に付けた羊飼いとしての、地に足の着いた生活の術を忘れず持っていたのだから。

 

この先、ゲドとテナーは、大きな変化や冒険があるわけではない、日々の暮らしを淡々と続けながら、けれども、自由で闊達な精神の発揚を忘れないで、幸せを感じながら生きていくのだろう、と思わせてくれる。大事が起こったとしても、変わらず、誇り高く公平な態度を崩さずにいるだろう、と。

 

物語の重要な柱となっている、ル=グウィンが語るフェミニズム(と解説には書かれている。今じゃ、ジェンダーフリーという表現の方がしっくりくる)も、正しく、嫌みのない好感の持てる考え方だ。

この本の前に、「飛ぶのが怖い」 (エリカ・ジョング 1976年) なんてのが流行ったりしたこともあったが、あまり共感できなかった記憶しかない。 

 

著者ル=グウィン、或いは物語の主人公テナーは、乱暴に騒ぎ立てるのではなく、きちんと意見を述べる。生物としてのヒトが自然の摂理に基づいて行動することもきちんと踏まえ、尚且つ精神の自由と多様性を尊重する。(まぁ、テナーは少し怒りっぽいともいえるが)

 

ル=グウィンのであれば、この辺りの論理展開に、安心してついていくことができる。私としては。

SFをはじめとして、彼女の数々の著作を見れば、ジェンダーに縛られない、生物本来の行動パターンの基本形をなぞることができるのでは? だからそこには、性別による区別も自然のものとして組み込まれている。

訳者あとがきに、フェミニズムのことなどについて少し触れられている。もちろん、大事なテーマではあるが、時代は進み、当時の論点は、今となってはひと昔もふた昔も前のテーマとなってしまった。
 

もう一つ。すっかり忘れていたが、もう一人の登場人物、竜の娘であるテルー(真の名はテハヌー、カルガド語で「白い夏の星」の意)について。

この、7歳?くらいの少女について話題にするとき、母親代わりのテヌーが、テルーが処女でないことを他人から指摘されることを警戒し、神経をとがらせている描写がある、

(あぁ、確かにそんな重いテーマも含まれていた) と気が滅入った。

幼児虐待、強姦、殺人の意図、DV、暴力などに関わるエピソードが物語の流れを作っていたりもする。

う~ん、これはホントに重い、

と思って、本の奥付を見ると、「小学6年、中学以上」 との表記が。

30年前にこの理念と出版姿勢。岩波さんに脱帽。

 

けれど、もしかしたら今はだめなのかもしれない。コンプライアンス、とか、一部過激で不適切な表現、とかで、自縄自縛に苦しむ人たちのなんと多いことか。ショボーンショボーン

 

以下は、本のメモ

★西の果てのそのまた西の

 地の果てよりもまだその先で

 わがはらからは踊っているよ

 もひとつほかの風に乗って   ( p23 キメイの村のおばあさんの歌)

★最初竜と人間はひとつだった。竜と人間は種をひとつにする同じ者たちで、からだには翼がはえ、真のことばをしゃべっていた。みんなきれいで、強く、かしこく、自由でね。  ( p26 キメイのおばあさんの歌 )

★その昔、竜人が竜と人間のふたつに分かれようとしていたとき、翼を待った竜人のまま、西にむかったものたちがあり、その竜人たちは外海をはるかにこえて、とうとう世界の反対側に飛んでいってしまった。そして、そこで、今でもみんな平和に暮らしているという。大きな翼をもった者がね、野性と知恵を同時に具え、人間の頭と竜の心を持って。   ( p28 キメイのおばあさんの歌 )

★大魔法使い・沈黙のオジオン、の真の名は「アイハル」

★『冬の歌』や『若き王の武勲(いさおし)』を覚えれば、お日さまが春をつれに北に向きを変える一陽来復の祭りのときにうたえるし。  ( p252 /若者向けの本で、歳時を表す言葉遣いの、なんと古風なことか! これは好き。 by moai ニコニコ

★カレシン(竜)の口元がほころんで、長い剣のような歯がこぼれた。さっと上がった翼が朝に赤く染まり、ぎざぎざのあるしっぽが岩の上でシュッシュッと音をたてはじめたときには、竜はもう空に舞い上がり、遠ざかっていこうとしていた。竜からカモメに、カモメからツバメに、そしてついには想いのひとつになって。  ( p340 /西の果てを目指して飛び去る竜のシルエットがだんだん小さく見えない点となり、ついには想いのひとつとなる。この表現は良いなぁ。 by moai ニコニコ )