こんにちは
昨日から、東野圭吾の虚ろな十字架を読み始めました。
まだ初めの方なんですけどね・・・・。
この本に娘さんを殺害されてしまったご家族が登場するんです。
私、びっくりしたんですけど被害者家族であってもまず疑われるんですね。
そして取調室で取り調べを受ける。
どこまでが本当かはわからないけれど、たぶん現実に近い形で書かれているんだと思います。
奥さんが帰宅したら家の中が荒らされていて
子供の姿がなかったのであわてて探したら死んでいたというものなんですが、
母親であり誰よりも一番悲しみ、いや悲しみを通り越して気が狂いそうな状況にあるにもかかわらず、
第一発見者はまず疑われるんですね。
長い時間の取り調べを受けていました。
しかもしばらく娘さんの遺体と対面できない。
どうやって死んだかの説明もうけることができない。
ひとつひとつ疑いを消していく
殺害したであろう者にしか知りえない状況が漏れるのを防ぐために家族であっても内情を知らせない
これ、実際に被害者側になったらたまったものじゃないなぁと思いながら読んでいます。
よく加害者側ばかり人権だなんだと守られますが、被害者側は守られないんですね。
これを読んでいると司法もほんとに役に立たないな と考えさせられます。
反省しています と反省もしていないのに口にすることを弁護人が助言する。
まじめにやろうだなんて思ってもいないのに、更生させてくださいと、乞うてみたりする。
ちょうど犯人が自供をはじめた神戸の事件。
そして、光市母子殺害事件の被害者家族である本村さん。
このふたりが頭にちらちらと浮かんでくる思いです。
「死刑にならないのなら私がこの手で殺してやる」
この言葉は我が子、愛する人を殺された人なら誰でもそう思うんじゃないでしょうか。
弁護人も仕事でしょうが・・・・・
でも・・・でもなぁ・・・・・
なんだかいろいろ考えながら読んでいます。