最近はコロナ禍で出勤以外は引きこもりの生活を強いられておりましたが、マスクをどんな時でも付けたままで、すいた電車と徒歩で5/6に行田を散策して来ました。
切符でしか入場できない秩父電鉄に羽生から乗り東行田で降りて20分位歩くと地蔵塚古墳があります。
この古墳は若小玉古墳群に含まれ、墳頂に地蔵堂が安置されたため、地蔵塚古墳と呼ばれる。
墳形は方墳で、築造時期は7世紀中葉と考えられる。一辺約28m、高さ約4.5m、周堀幅約1m、深さ40~50cmとなっている。石室の形態は胴張りで、奥壁と天井石は緑泥片岩(りょくでいへんがん)、他は安山岩の切石を用いている。石室内から鉄鏃(てつぞく:鉄製矢じり)片や須恵器片が少量出土しているとのこと。
この古墳の特徴は、左壁・右壁及び奥壁に線刻画があり、烏帽子(えぼし)を被った人物、弓を引いている人物、馬、水鳥、家と思われるものが描かれているとのこと。これらの絵は、広々と広がる沼で鳥が遊び、舟に乗り、かいで漕ぎ渡る景色が想像され、この石室に葬られた人物の生前の姿を描いたとされる。
更に、南下して15分弱歩くと、八幡山古墳があります。
八幡山古墳は、この周辺に広がる若小玉古墳群(わかこだまこふんぐん)の中心となる古墳で、7世紀前半に造られた直径約80mの大型の円墳と推定される。
各室とも秩父地方から運搬された巨大な緑泥片岩(りょくでいへんがん)と安山岩で築造されている。
発掘調査では最高級の棺である漆塗木棺(うるしぬりもっかん)の破片や銅鋺(どうわん)など豪華な遺物が発見されており、この古墳に葬られた人物がかなりの権力者であったと考えられることから、「聖徳太子伝暦(しょうとくたいしでんりゃく)」に登場する武蔵国造物部連兄磨(むさしのくにのみやつこもののべのむらじあにまろ)の墓と推測する説もある。奈良県明日香村の石舞台古墳(いしぶたいこふん)に匹敵する巨大な石室であることから、「関東の石舞台」とも呼ばれている。
埼玉県の古墳は小ざっぱりして綺麗な古墳が多い気がします。復元古墳が多いからなのかもしれません。
次回も、行田を散策します。







