とんこつです(σ・∀・)σ
こんにちは。お久しぶりです。
本日、部屋の掃除を朝っぱらから、ずーーーっとやってみたばい。
掃除をするとなぜか心も整理されていく気分やった☆
「年末の大掃除」というのは、新年を迎える為にあるようなもんやけど、心の整理をするっちいうことも含まれとると実感したばい。
今年も仕事、プライベートでいろんなことがあったとやけど、人との関わり合いが一番難しいことを実感するとです。
掃除中に、ふと今読んでる本の内容を思い出しました。 これ↓
「過去を振り返るときそこには事実なんかない。在るのはあなたの認識だけ」
この意味は、「過去の悪い出来事は、それを体験した人の捉え方(認識)で出来上がっている。」いうことです。
それともうひとつ。
「起こっている出来事や、感情は全て自分の責任」
この意味は、「一日に何百回も、人は物事を選択して生きている。ということは、結果がとても傷つくようなものであってもそこまでにたどり着くまでに多くの選択した自分に責任がある」いうことです。
ほほう。 ほほほう。
そういう考えで自分を含め、周りの人の行動を見ると非常におもしろいなぁっち感じるとです
しかし、悠長なことばかり言ってられんとです。
僕の周囲で、
真実は全く違うのに勘違してしまい、結果として二度と仲が戻らなくなる・・・という出来事があったとです。
というか勘違いされたのは僕です。
状況からして勘違いがあるのは仕方ないし、同じ状況なら誰しも間違うものだと思います。
勘違いした人も、勘違いされた人も相当傷ついたと思うとです。
このことを上の引用文を借りるなら、
事実とは違ったとしても、悪いほうに捉えられてしまったこと、結果的に取り返しが付かなくなったことは「全て僕の責任だ」ということです。勿論、そう感じとります。
それに今の時点で、その出来事は過去になっとるとです。そこにあるのは「僕の認識だけ」ということですたい。なので、これを今後活かさねばならぬとです。
それでも人間ですから、勘違いや間違いに対して言いたいことはあるとです。
しかし、山本~という昔の軍人がこう言うとですよ。
「言いたいこともあるだろう。悔しいこともあるだろう。それを堪えることこそ男の修行である」 と。
年が明けても全てが一新されるわけではありません。起こったことについても仕方ないのです。
なので、
「過去に事実は無く、在るのは認識だけ。それを活かすも殺すも全て自分の責任」という考えを、次のステージに持っていくとです。
来年も全ての方に幸あれ
あ。間違った。
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