ずっと記事にしたいと思っていた北欧の天才の最高傑作は、聴くには「困難」を伴う。
シベリウス作曲 交響曲第4番イ短調 作品63 は、38年前に18歳のわたしをスピーカーの前に釘付けにした作品のひとつである。まだカラヤンが生きていた頃で、ベルリンフィルハーモニーの定期演奏会に、故サー・コリン・ディヴィスが指揮者として客演したライブをFMで聴いた。
わたしにとって、シベリウスは好きな作曲家ではあったけれど、それまで交響曲の1番、2番、5番、ヴァイオリン協奏曲、「フィンランデァ」「カレリア組曲」ぐらいしか聴いたことがなかった。
余談になるけれども、当時LPレコードというのは、大体2500円/1枚あたりが相場で、ブルックナーの8番とかを手に入れようとすると、5000円で、高校生には手が出ない。よってFM放送は常にわたしの頼りになる存在だった。120分カセットテープというのがあって、NHKのクラッシックアワー(20時から2時間)いつもこのテープに録音していた。わたしがFMで初めてであってとりこになった音楽をいくつか挙げるとすれば、バッハのチェンバロ協奏曲、ハイドンの弦楽四重奏曲「ひばり」、モーツァルトの第24番ピアノ協奏曲(ブレンデル)、シューベルトの「ロザムンデ」、ベルリオーズの「ロミオとジュリエット」、ブルックナーの第6交響曲(クーベリック指揮)、ショスタコーヴィチの第4交響曲、ラフマニノフの第2交響曲、ハルトマンの弦楽のための第4交響曲、ウェーベルンの「パッサカリア」、山田耕作の交響曲「勝ち鬨と平和」などである。
しかし、FM放送では、雑音が入り、音の質もよくない。よって管弦楽のような大音量の作品ではない「ピアノ独奏」などの美しさは、やはりLPを購入して聴かないと念入りな鑑賞とはならなかった。
シベリウスの第4交響曲は、室内楽的な小編成オーケストラで、弱音が基調のとってもかわった交響曲である。たがわたしは高校生でこの作品に触れて、「これはシベリウスの最高傑作である」と確信するようになった。だが弱音基調の作品はFMの雑音交じりで聴くには困難がある。ブルックナーの静寂とか、シェーベルクの『浄夜』とか、シベリウスなど「弱音部分」に作品の重要性を持つ場合、当時はやはりLPで聴かねば判りにくかった。
ブライトコフ版 シベリウスの交響曲第4番イ短調作品63
今から38年前、LPレコードで、シベリウス交響曲全集というのは、サー・ジョン・バルビローリ、サー・コリン・ディヴィスのイギリス系指揮者と、旧ソ連のゲンナジー・ロジェストヴィンスキー盤しかなく、カラヤンですら全集を完成していなかった。だから、レコード店に行っても、シベリウスの第4交響曲を扱っていることさえ稀だった。
後に、マゼール、バーンスタイン、ベルグルンド、ヤルヴィなどの全集が発売されて、いまやシベリウス全集など多様な演奏で聴ける。そういう時代ではない1980年以前、シベリウスの第4交響曲とは「謎に包まれていた」のだが・・・つまりシベリウスの交響曲第4番が「シベリウス最高傑作であろうことは」知っていても、これを聴くためには、なけなしの金をはたいてドヴュッシーのピアノ曲を買うかシベリウスを買うか、で悩み結局買わなかったこの作品は、FMで放送されねば聴くことはできない。今日Youtubeどんな作品でも聴けるという状況とは違う。
だが、奏者は天才を知っている。以前もブログで書いたけれど、わたしが中学生のころ、マーラーの交響曲第7番のLPは、ショルティ、クーベリック、バーンスタテン盤の3種に、廃盤のクレンペラー盤しかなかったけれど、それは商業的に成り立つからこれらのLPが販売されていたのではなく、そもそもこの4種しか録音源がなかったのである。これらの指揮者にはマーラー全集を完成する使命がそれぞれにあったわけであり、晩年のカラヤンはマーラーに魅せられていたが、彼が若い時代にナチス協力者であったことが、ユダヤ人マーラーを取り上げることを遠ざけていたと思われる。よってカラヤンはマーラー全集を完成していない。
ショルティはハンガリー人だがハンガリーとマーラーは、指揮者マーラーの若き才能を見出したブダペストをもって今日も「マーラーは自分たちの音楽」だと言い張るようなハンガリーの立場があるのである。
クーベリックもチェコというマーラー生誕の地の出身で、マーラーの音楽に認められる「東欧」的な世界の体現者として、マーラーは若きクーベリックのレパートリーであった。のちにチェコから亡命しなかったヴァーツラフ・ノイマンもチェコフィルとマーラー全集を録音している。チェコの人々にとってはマーラーは「ユダヤ人でもドイツ人でもない」れっきとしたチェコ人である。
マーラーと同じユダヤ人のバーンスタインにとってもマーラー全集の完成は「悲願」であった。ちなみにバーンスタインは、ショスタコーヴィチ全集を完成していないが、彼がショスタコーヴィチを愛するのは、ショスタコーヴィチの音楽に内包される「ユダヤ」的な内実である。
商業的に成立しなくとも、ショルティには「英デッカ」、クーベリックには「独DG」、バーンスタインには「米CBS」というメジャー・レベールがサポートしていた。売れなくてもこれらのメジャーにとってマエストロが望む「マーラー全集」をサポートできなければ、マエストロを自社レベールにつなぎぎとめることはできない。クーベリックはドボルザークの交響曲全集をDGに残しているが、作品番号のない交響曲第1番「ズロニチの鐘」をわたしは二度と聴くことはないだろう。ベートーベンなら第1番から意味がある。だがチャイコフスキーは4番以降が意味があって、2番はそれなりの内容を持つが、要するにわたしが中学生だった40年前の頃、商業的に「売れる」見込みのない作品は、レコード化されなかった。わたしもまたドボルザークなど7番8番9番を聴いていればよいと思っいたけれど。ドボルザークの第3交響曲に「ワーグナー」を発見し、第4交響曲に天才ドボルザークを見て、第6交響曲に「田園」を感じたわたしは、クーベリックの全集を企画してくれたDGに感謝するのである。
わたしが中学生の頃、クラッシックを愛好するものでも、マーラーの第7交響曲やシベリウスの第4交響曲を好んで聴いていた人は少なかった、というよりもこういう作品のカセットテープを当時のクラッシック愛好家に聴かせても「拒絶反応」に近い反応が返ってきた。
巨大で長いマーラーの第7の第3楽章に、きわめて「ウィーン的」な雰囲気があったり、第5楽章の第2主題が、レハールの『メリー・ウィドウ』のパクリであったり、第5楽章の冒頭の和声進行は、ワーグナーの『ニュルンベルクのマイスタージンガー』の前奏曲に酷似しているなど聴きやすくする手がかりはいくらでもあった。だが「マーラーの第7交響曲」愛するわたしに、周囲は「何でこんなものを聴いてたのしいのか分らない」とわたしに告げた。
当時マーラーの第7交響曲は、ほとんど受け入れられていなかった。シベリウスの第4~第7もそうだったけれど、第7交響曲はその素晴らしさゆえに、一部のファンがいた。シベリウスの第4交響曲だけは、たとえばベートーベン的な形式から逸脱していて、第4楽章に「アダージョ」と「スケルツォ」が混在していて大変理解に苦しむ。
が、それが魅力でもある。
引用
死の幻影が自分にとって突然身近なものとなり、数年間は恐怖のつきまとう生活がつづいた。さながらオルゲルクンプト(保続低音)のように、死の幻影が流れつづけ、そこから上方へ、光へ、生への願いが浮かび上がるような発想が、いくつもの作品と形をなしていった。交響詩『夜の騎行と日の出』(1909)、弦楽四重奏曲『親愛の声』とつづけられるこうした系列の頂点が『第4交響曲』である。
作曲家別 名曲解説 ライブラリー⑱ グリーグ ニールセン
シベリウス 音楽之友社 180頁
シベリウスの音楽、前衛的であり、古典的でもあって、この矛盾は矛盾ではなく調和である。支えているのはフィンランドの音楽という地域性や、フィンランドの音楽を支える自然である。シベリウスが彼を支える環境たるフィンランドの自然に感じうる天才として、交響曲第4番の最初のフレーズに、長2度全3度の不安定な跳躍を序章としたのは、それまでの作曲家にはありえないひとつの「冒険」であった。
スコア ①
シベリウスの音の連なりの意外性は、しかし和声的にひとつの解決を導くのだが、次にこの「解決」を否定するような始まりがあって、よって「未解決」のまま音楽が進行する。
シベリウスにおいて、序奏と第1主題を区別するのは困難である。明確に序奏を定義できるのは初期の第1交響曲、第2交響曲であるが第2さえも序奏は第1主題を導く短いリズム提示である。第1だけはクラリネットのソロの旋律演奏で、チャイコフスキーの第5を模倣している。
シベリウスの第4交響曲の提示(赤丸をつけた部分)は、第1主題の上昇音形と「異質」の調性を示して、後の展開への発展ではなくて、「不気味な前夜」とも解釈できる。
つづく

