メルカダンテの夢想 | コリンヤーガーの哲学の別荘

コリンヤーガーの哲学の別荘

30年温めてきた哲学を世に問う、哲学と音楽と語学に関する勝手な独り言。

 付点のリズムの終楽章の愛らしさに魅せられて42年、12歳のわたしが故ジャン=ピエール・ランパルさんと一緒に写っている写真は私の宝物である。

 私がフルートの師匠に弟子入りしたのは1974年10歳の時で、このとき師匠はわたしの母に、ランパルのレコードをわたしに買い与えるように勧め、帰り道のレコード店で、私が選んだのは読売交響楽団の伴奏するランパルのモーツァルトの協奏曲1番と2番だった。わたしが初めて手に入れたフルート協奏曲のレコードである。レコードの溝が擦り切れるほど聴いた。以来41年の月日が経ち、わたしは3年前に、念願かなってモーツァルトの2番の協奏曲の第3楽章をアマチュアの発表会で奏でた。

 

 

 ランパルさんがわたしに知らしめてくれた作品が2つあって、

 一つはNHKホールで故岩城宏之指揮で聴いたハチャトリアンのフルート協奏曲(原曲 ヴァイオリン協奏曲)こちらはYOUTUBEで全曲のビデオで拝見できる。演奏後あっというまに左幕に下がってしまうところが何ともランパルらしいそっけなさ。あんな難曲を簡単な作品に思わせてしまうのです。

 

 もう一つがメルカダンテのフルート協奏曲のいくつか。

 

 このまったく性格の異なるハチャトリアンとメルカダンテをランパルさんの演奏で聴けた思い出も私の宝物である。

 

 今聴いているのは、ペーター=ルーカス・グラーフさんのCDで、メルカダンテのホ短調の協奏曲だが、この素朴な作品になぜか19世紀前半のイタリアの哀愁が聴き取れる。

 

 

 ハチャトリアンから約9年後の1983年、わたしが大学1回生の時の来日では、「さすがのランパルさんも少し衰えたかな」と思ったが、70年代はランパルさんの全盛かつ円熟時代で、以前にも書いたが、DENONの1972年録音のテレマンの「無伴奏フルートのための12の幻想曲」やハチャトリアンというヴィルトヴォーゾ=技巧の結晶のような作品もさることながら、メルカダンテのような可愛らしい作品にもランパルさんは美しく奏でる人であった。たぶん20世紀では、モイーズと双璧のフルーティストであろう。

 

 

 

 

 しかし、メルカダンテなどという作曲家の作品に多くの人は触れる機会に恵まれないと思うのですが、とっても愛らしいホ短調のフルート協奏曲はもっと聴かれるべき作品ではないかと思う。

 少なくともハチャトリアンを聴くほどの集中力は必要ない。気軽に聴けてうっとりするのです。

 

 グラーフさんのメルカダンテ、フルート協奏曲ホ短調 ボッケリーニと同時代のピッチンニのフルート協奏曲もよい。

 

 

 ではまた。