憧れのトルコ音楽 2016年12月6日 当ブログ記事
1683年 と言う年にご注意ください。
この年、『第2次ウィーン包囲』と言う出来事があり、斜陽「オスマン帝国」のトルコの軍隊が、ウィーンを包囲したが、西欧諸国の同盟でこれを退けた。こういう歴史があるのですが、中部ヨーロッパ諸国が、オスマントルコの軍事的圧力に苦渋の時期を過ごしていた最後の時代です。2年後の1685年に、バッハとヘンデルがこの世に生を受けている。
バッハがなくなったのは1750年、モーツァルトが生まれたのは1756年、二人の間には誕生年で約70年の開きがあり、祖父と孫みたいな時間差より少し離れている。 ベートーベンは1770年生まれで、バッハの生誕より100年経っていない。
わたしたちが、夏目漱石を読む感覚と、村上春樹を読む感覚を同時に持てるという、時間差は、バッハとベートーベンの時間差ぐらいの意味があり、とても恵まれている。
大体100年と言うのは<、わたしたちにはそういう「発展」のギャップとしてあります。
わたしたちが「明治維新」をつい先ほどのものとして「感覚」し、しかしそこがわたしたちの「原点」であると思う感覚は、モーツァルトのバッハ、ヘンデルへの思いに近いものであったに違いません。若いモーツァルトはこの二人を大変尊敬していた。
ベートーベンもヘンデルを大変尊敬し、死の床に臥せった彼に、英国より「ヘンデル全集」が「お見舞い」として彼の入院していた病院に送られてきたときは大喜びし、病気を押して楽譜を読んだといいます。
しかし、「アラ トルカ」 つまりピアノソナタ11番の第3楽章の「トルコ行進曲」や、ヴァイオリン協奏曲5番の第3楽章のごとく、「トルコの軍楽隊」の音楽に、モーツァルトは「憧れていた」のです。
ついこの前の『第2次ウィーン包囲』と言う出来事がまだつい90年ほど前の出来事なのに、そしてトルコは自分たちの脅威だけれども、その敵の、異教徒の軍楽隊の音楽に憑かれていた。
エキゾチックという単語 英単語を「異国情緒」と訳すのですが、このロマンス、未知なる物への「憧れ」が、天才の心の奥底を揺さぶる。
「ジュッディ・デデン」
この音楽を一度きいてください。
モーツァルトが、ベートーベンが憑かれたトルコ行進曲。
日本では、向田邦子の「阿修羅のごとく」のテーマ。
こういうところに、芸術の面白さがある。
コリン・ヤーガーは、「ジュッディ デデン」のテーマに、モーツァルトとベートーベンの「トルコ行進曲」、シューベルトの「軍隊行進曲」を織り交ぜて、「トルコ狂詩曲」を作曲しようとして、8年、完成していません。
是非死ぬまでに完成したい。
覚えておいてほしい。
バッハの死の6年後 モーツァルトが生まれ、
14年後 ベートーベンが生まれている。
こんな短い間に、人は物事を改良し、発展させているのです。
つづく