【ユミ】という

メールで【姫】呼ばわりしていた女。




駅のホームで女と手を繋いでいたTと遭遇し

この時

Tと手を繋ぐ女を【ユミ】と思い込んでいたM子。




M子の中で

メールを見た時から


“Tはこの人が本命なんだ”と思っていた。




だから遭遇して

Tが「妹だから」とめちゃくちゃな言い訳メールをしてきても


何とも思わず…

いや


自己防衛のために

心を無にしていたのかもしれない。

レイプされた時のように。




Tからのメールには返信しなかった。




以前

Tの事で助言してくれた男友達に話すことにした。



M子が話し終えると

男友達は


『だから言ったでしょ』


と分かっていたかのような表情をしながら


続けて


『M子と同じ学校のNと付き合ってるって聞いた』


と言ってきたのだ。




N…さん?




知ってる。


学校では同じクラスにはなったことは無かったが


校内で会えば笑顔で挨拶する仲だった。




Nさんが【ユミ】?



Tは名前を【ユミ】と変えていたのだ。



 

驚くどころか呆れるM子。




初めての彼氏だったため

別れる事もどうするのかよく分からなかった。




人の皮を被った悪魔が

初めての彼氏だなんて

自業自得とは言え黒歴史だ。




駅のホームで遭遇して以来

言い訳メール後も

たまに連絡があったけど


メールは無視で着信も出なかった。



 

このまま自然消滅になるだろうと思っていた。




しばらくすると

無視を続けていた連絡も無くなった。




そんなある日

日付が変わろうとする夜中


インターホンが鳴った。




1人暮らしのような環境だったM子は

遅い時間の訪問に驚いたが


インターホンに対応した。



当時はインターホンにカメラは付いておらず

恐る恐る

「はい…」と言葉で対応した。



すると


『頼む!開けて!』



 インターホン越しに

聞き覚えのある声で必死に言うその相手は


Tだとすぐ分かった。





すぐにインターホンを切って

家の鍵のチェーンもつけた。



少し震えながら息を潜めるM子。




すると

メールが届いた。




『頼む 刺された』




M子はそのメールを読んで

瞳孔が開く感覚があった。




刺された?




事件かもしれない


と慌ててドアを開けた。




顔面蒼白のTは

左腹部から出血していたが


押さえながら話せる程度の出血だった。



それでも刺されている事には違いない。



「どうしたの!誰に刺された?警察と救急車呼ぶよ!」と慌てながら言うM子。





すると想像も出来ない言葉が返ってきた。




『女に刺された。ロレックス買ってくれるって言うからもらったんだよ。

そしたら待ち伏せされてて、彼女にしてくれないのって言いながら刺された』





は?



一瞬でも心配した気持ちが馬鹿みたいだ。




たしかに出血しているし

刺された事は間違いない。



しかし


刺した相手の気持ちを何も考えていない事


自然消滅になった事も気にせず

こんな時間にいきなり家に助けを求めに来た



それは結局“都合の良い女”だと言われてるようなもので



ついにM子は何かが切れた。




「馬鹿じゃない?自業自得でしょ?

それに自然消滅だけど別れてると思ってるし、こんな時間に来られても迷惑。

今後連絡もしないで。家にも来ないで。

二度と関わらないでください。」



と言って

ドアをしめた。





少しの間

インターホンとドアを叩く音がしたけど


無視して布団に潜った。




数分で静かになり

外を確認する事もせず


そのまま眠りについた。




せめて救急車か警察はよんだほうが良かったのかもしれないが


当時のM子には

追い返す事しかできなかった。





翌日から

刺された傷口は大丈夫かなと

追い返してしまった事で

気になる毎日だった。





そんなM子の気持ちも知らず



Tは病院で治療してもらい

傷口も深くなかったため


翌日から元気にしていたらしい。



友達には包帯の下の傷口を見せて笑っていたと言うから

追い返した事への罪悪感は消えた。




Tからの連絡もこないように

メールと着信は拒否設定にした。




それ以来

M子とTが会う事は無かったが



数年後



【ユミ】と名前を変えていたNさんは


Tと授かり婚をしたと聞いた。




今でもNさんと結婚生活を送り

二児のパパになっているT。




知らぬが仏とは言うが

Nさんがまさにそれだ。




Tは悪魔を隠した人間の皮を被って


今もなお

笑って過ごしている。