昨日は、いたるところで、入社式が とり行われ、

新入社員のみなさんにとって新たな門出だったと思う。


さて、新入社員の皆さんには、これだけ言っておきたい。


これからは、お金を頂いて、仕事をする訳ですから、

プロ意識をもってもらいたいベル袋


「私は、新人なので分かりません。」



「教えてもらってないので、知りません。」


など、言わない、思わない ようにしてほしい。


「はい、喜んでの精神で」わーーーお願いしますね。


世間から見たら、新人もなにもないですよ、

立派な会社の代表です。


会社は、一人前になるまで、


給料をはらい、その他 福利厚生費をもち、


デスクをあてがい、


失敗しても、会社の経費で賄ってくれる。


こんな いい もうけ話はない。


普通なら、一人前になって、初めて お金をもらえるのでは

ないかな?


たとえば、音楽など 芸術家がその一番の例だと思う。


歌も下手、楽器も弾けない ライブやコンサートに誰も

お金を払っていかないはずだ。



お金を頂き、教わる訳ですから、

ちゃんと、先輩の話をきいて、早く、戦力となってほしい。


心の体操もしっかりして、素直な気持ちで、

頑張ってくださいね。


意志(石)の上にも 3年 です。



さて、引き続き、龍馬のお話。


龍馬は、薄汚い格好をしていると脚色されているので、


貧乏だったと思われがちではないでしょうか?


しかし、龍馬龍馬ぜよ、「オシャレ 好き」 で「実家が裕福」


だった。驚き


オシャレだったについては、前回記事にて

オシャレの記事

http://ameblo.jp/mo1001/entry-10448041848.html



実家が裕福  平成発覚の新事実


なんと!  「坂本家の資産は、30億を超えていた」


平成になり

150年の歴史の調査で、明らかになったものが

『坂本龍馬』(松浦玲著 岩波)で発表された。


もともと、坂本家は 197万石の領地をもっていて、


これだけでも、 「裕福な上士」に匹敵にするとのことだが


、そんなものではなかったベル


坂本家の初代 坂本兼助は 豪商才谷屋から 分家して


新規の郷士(武士)になった 兼助は、その際に


その才谷屋から 莫大な資産をえた。


その金は、現代で換算すると 30億円超といわれる金メダル


つまり、豪商で 大変に裕福な家だったので、

金に困るとはなかったという。


なるほど、これでは、龍馬の金銭感覚が ズレていても


仕方ないことだったのだろう。


長嶋茂雄さんみたいに、金銭感覚がなく、屈託が

なかったのだろう(笑) 



それは、いままでは、きちんと調査せず、伝聞だったので


粉飾され 物語られていたのだろう。



この事実は、龍馬龍馬ぜよがなぜ憎めなかったかという


ことにも繋がると思うので、龍馬を語る上で、


基本にしてもらいたい。



私の知人でこういう人がいる、彼はバンカーだ。


彼は 持論を

「貧乏人は、死ぬまで貧乏人だ。」

「金持ちの子供は、誰からも好かれて、幸せな人生だ。」

と展開した。


【バンカーの発想】

http://ameblo.jp/mo1001/entry-10446129952.html


腹ただしいと感じたが、


一理はあると思う。



では、 グッドラック 四つ葉のクローバー


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今日は、3月31日 日本は年度末 大手企業の多くの決算を迎えた算数


明日は、第一生命の 大型上場で、市場も荒れるのかもしれない。荒


IPOは、市場の資金を奪い合うのではなく、四日市市民大作戦 市


魅力をまして、日本人がどんどん参加してゆくような気運 機会に


しもらいたい と 思うup



最近、大河ドラマseiで 龍馬龍馬ぜよ を放映していることもあり、


(私は、脚色されていると嫌なので、観てません。)


この時代に龍馬を待望する過熱的風潮がみられるのは、やはり、


政治不安を映し出しているのだろうと思う。


龍馬龍馬がどんな人物だったか?


を歴史の資料を元に 時間が許す限り、ボチボチと書いて行きたい





さてさて、


龍馬龍馬ぜよ、弱虫、 泣き虫、 寝小便たれ、洟垂れだった。


5人兄弟の末っ子で、当時では、珍しく 母親が 41歳の時に


生まれた子供だったことなどから、祖母など大所帯でみなに


、甘やかされて、育った。 


しかも、裕福な家柄だった。



家の中で、厳しく 龍馬を育てようとしたのは、


唯一 3歳年上の 乙女 だった、


10歳過ぎても、 寝小便たれは治らなかった我慢しろ


当時は武士の子供たるもの、 「質実剛健」 


であらねばならかったにかかわらず、


このような弱虫で、 坂本家の頭痛のたねであったことは、


いうまでもない。




そこで、姉さんの乙女は、「龍馬改造計画」をたてる。


まず、ひ弱だったので、学問を習わせようとした勉強


龍馬12歳の時、近所の寺子屋 楠山庄助塾に通い始めるが、

半年で、退塾を命じられてしまう。




理由は、口論だった、


上士の子が、龍馬(郷士)の子に切りつけてきたことである


、当時は身分差があったので、龍馬に問題がなくとも、


両成敗になったのだ。



その年、惜しくも 母がなくなり、龍馬は泣きくれたクスン



その後、 お転婆 乙女は、母代わりをお勤めた、はは


泳げない龍馬を川へ連れていき、素っ裸にして、縄でくくって


泳げるまで、猛特訓したという泳ぐ


また、その後、武道を習わせ、武


龍馬龍馬ぜよ 19歳の時、初めて 小栗流 目録を授与されたのだ面剣道(木刀)



実に、龍馬、人生で初めて、自信をもてた瞬間だった!


そして、ここから、男としての龍馬の活躍が始まるピンク↑


本当に、乙女さんの功績は 輝かしいものだと思う拍手


もし、乙女さんまで、龍馬を甘やかしていたら、


この伝説の英雄は存在しなかったのであろうと


思うと、乙女さんは、歴史歴を変えた重要な人物だったと


するべきだ。




現代もそうだが、甘やかすことは、


愛ではない愛 厳しくすること、しっかり叱ってあげることが



本当の愛だと私は、思う愛


周りで、耳障りのいいことばかり言っている人より、



耳が痛いようなことを言ってくる人を大切にしたい。


ただし、それは、中傷ではなく、できれば、私利私欲ない言葉で

叱ってもらいたいですねにぱっ☆



また、弱虫とイジメられても、 龍馬のように がんばって



強くなってほしいと思う。


きっと、強くなれるよ強い



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