じぃちゃん、ばぁちゃん①
幼い頃ワケあって、母親と離れて暮らしていた
父親の顔は記憶にすらない
私の父親、母親代わりになって育ててくれたのは 母方のじいちゃんとばあちゃん
私が預けられたのは2才で、妹はまだおむつをしていたらしい
働きながら 保育園の送り迎え
もう、忘れかけているであろう子育て
じいちゃん、ばあちゃんはどんなに大変だったろう
保育園の行事には必ず来てくれてたのを 憶えている
決して裕福ではなかった…
でも、
おもちゃこそ、お人形・おままごと道具などはなかったが
お祭りの日には浴衣、遠足の時にはリュックサックをちゃんと用意してくれた
じいちゃんがバイクで買いに行くので(ばあちゃんは自転車しか乗れないから)『かわいい』とは程遠い物だったけど、
この上なくうれしかった
母親は離婚して、県外で働いて仕送りをしていたらしい
それでも、私が母親を悪く思わなかったのは、じいちゃんが「お母さんは、一人で仕事、一生懸命頑張りよるとぞ」「いつか帰ってくるけん、じいちゃんちで待っとけ」
と いつも 私たちに言い聞かせてくれてたからだ
私は年に2回、母親が会いに来るのを 楽しみにしていた
その分、また帰って行くときが辛くて・・・
私は 「ついていく」と、いつも泣いていた
そんな 私に、じいちゃんは「泣くな」「じいちゃんの腰ば揉め」と 怒るように言っていた
今ならわかる・・・
この時 一番辛かったのは、じいちゃん ばあちゃん だったろう
出来るものなら、そうさせてあげたいって どれだけ心を痛めただろう
それに、お母さんも・・・
母は 「一年生になるまでにいっぱいお金貯めて帰ってくるけんね」といつも涙をためた笑顔で 戻って行った
ムリに明るく努めていたのが 今なら分かる
母が好き好んで 私たちと離れて暮らしているのではないと、何故か子供の私にも分かった
約束通り、私が一年生になる時に 母は帰ってきてくれた
でも、それは じいちゃん、ばあちゃんとの生活も終わると言うこと
近所への 引っ越しではあったけど あの時 初めて じいちゃんの涙を見た
母は 私たちにカセットテープを見せながら話してくれた・・・
それは、じいちゃんのアイデアで 離れて暮らすお母さんに、保育園で習った歌・メッセージなどを録音して送ったもの
「お母さん、コレ聞きながら頑張ったとよ」「聞いた時涙が止まらんで、飛んで帰りたくてたまらんやった」「お母さんの宝物」と 話してくれた
・・・・・つづく
父親の顔は記憶にすらない
私の父親、母親代わりになって育ててくれたのは 母方のじいちゃんとばあちゃん
私が預けられたのは2才で、妹はまだおむつをしていたらしい
働きながら 保育園の送り迎え
もう、忘れかけているであろう子育て
じいちゃん、ばあちゃんはどんなに大変だったろう
保育園の行事には必ず来てくれてたのを 憶えている
決して裕福ではなかった…
でも、
おもちゃこそ、お人形・おままごと道具などはなかったが
お祭りの日には浴衣、遠足の時にはリュックサックをちゃんと用意してくれた
じいちゃんがバイクで買いに行くので(ばあちゃんは自転車しか乗れないから)『かわいい』とは程遠い物だったけど、
この上なくうれしかった
母親は離婚して、県外で働いて仕送りをしていたらしい
それでも、私が母親を悪く思わなかったのは、じいちゃんが「お母さんは、一人で仕事、一生懸命頑張りよるとぞ」「いつか帰ってくるけん、じいちゃんちで待っとけ」
と いつも 私たちに言い聞かせてくれてたからだ
私は年に2回、母親が会いに来るのを 楽しみにしていた
その分、また帰って行くときが辛くて・・・
私は 「ついていく」と、いつも泣いていた
そんな 私に、じいちゃんは「泣くな」「じいちゃんの腰ば揉め」と 怒るように言っていた
今ならわかる・・・
この時 一番辛かったのは、じいちゃん ばあちゃん だったろう
出来るものなら、そうさせてあげたいって どれだけ心を痛めただろう
それに、お母さんも・・・
母は 「一年生になるまでにいっぱいお金貯めて帰ってくるけんね」といつも涙をためた笑顔で 戻って行った
ムリに明るく努めていたのが 今なら分かる
母が好き好んで 私たちと離れて暮らしているのではないと、何故か子供の私にも分かった
約束通り、私が一年生になる時に 母は帰ってきてくれた
でも、それは じいちゃん、ばあちゃんとの生活も終わると言うこと
近所への 引っ越しではあったけど あの時 初めて じいちゃんの涙を見た
母は 私たちにカセットテープを見せながら話してくれた・・・
それは、じいちゃんのアイデアで 離れて暮らすお母さんに、保育園で習った歌・メッセージなどを録音して送ったもの
「お母さん、コレ聞きながら頑張ったとよ」「聞いた時涙が止まらんで、飛んで帰りたくてたまらんやった」「お母さんの宝物」と 話してくれた
・・・・・つづく