1/18東京出張行かせていただきました。

今回、ゆりかもめに乗るので、新橋駅で途中下車。

お、ここは、京橋駅とおんなじ雰囲気。さすが、城の周りは一緒だんなぁ。坂道も一緒。
ふふふ。素敵〜。ええ道やぁ。で、テクテク歩く。ん〜外堀な感じぃ!うーん。うーん。京橋駅と川の間辺りと風景一緒。鴫野、蒲生とも近い。

家を少し早めに出て仕事前に伺いたかったのが、
豊岩稲荷神社
ここだけなんかすごい
近付きます。
こちらです。
綺麗なお稲荷さん。んで、こちらには、龍の神様がいらっしゃるそうな。
こちらは、鳥居も置けないほど狭いので、代わりに壁が朱色に塗られてます。
ええとこ、お参りさせていただきました!

にしても、豊が使われてる不思議。あの時代でなぜ「豊」が使われたのか不思議。徳川んときは、豊使うのはむずいんちゃうんか?なんて、考えて歩いてたら、道路にこんなんが。
ほへー。だから、豊が使えたんかなぁ。

こちらのお稲荷さんは400年ほどの歴史があり、明智光秀家臣の安田作兵衛国継が、お家再興に祀ったともあるそうな。

その、明智光秀殿。逃げ延びて天台宗 南光坊天海とも。
光秀の長男は、今は岸和田にある本徳寺 南国梵桂和尚との説もある。こちらのお寺には、明智光秀の肖像画があるなど、大変貴重な資料が多い。
「後ろの正面だーれ?」もここと関係してるみたいやね。

色々諸説あるが、ほんまに、生き延びたんやないか?と思われる。実際、この時代はそんな事はしばしばったようやから、可能性はゼロやない。
そもそも光秀っちは、キンカンと呼ばれた、大変頭の良い人やし。それに、この時代は、潔さもあるけど、生きる事を優先してたし。

はふー。安田国継が明智家再興をと願いながら、色んな大名を点々としながらも生きて、とか考えると、なんやキューンとなるわー。とテクテク歩く。
あ、ここ銀座やのに。…。なんも他見てないわー。

で、少し早めのランチで牛めしをば。
でーん!!牛大めしと味噌汁
七味をふりふり豆腐リフト〜
うまうまっす!!

で、移動します。
途中、こんなのも見ました。
ふわー。すごいねー。都会やー。

この後、目的地について、色々お勉強してきました。で、終わって当日、帰阪しましたー。





ほぉ〜おまえでも、少しは勉強するんかい…。
ぐーぐー。