* 百日紅 *
おゆきひとり、9月のお庭で天を仰ぐと、百日紅の向こうの空がとてもきれいで、
旅立っていったみんなはもう、
自由気ままに飛び回っているんだろうなぁ、と、思えてきました。
大切な命の旅立ちを、ほんとうは、ひとつひとつ丁寧に綴っていきたいのですが、
それには多くの時間がかかりそうなので、まとめて書こうと思います。
いつもブログを見てくださっている皆さま、ありがとうございます。
いいねをくださる方にはお返しができず、メッセージをくださる方にはお返事したりしなかったり、
ちまさんがよく、拝見していた方々のブログにも、長い間お邪魔することができなくて、申し訳ありません。
* ミケちゃんのこと *
昨年はかつてないほど年間を通じ終末介護とお見送りが続き、年末には心身ともに疲れ果ててしまっていたちまさんでしたが、
今年の年明けから比較的お年寄りにゃんずの調子が良く、4月下旬までは数年ぶりに穏やかな時間を過ごすことができました。
ですが、5月よりまた同時多発的に介護生活がはじまり、7月に猫部屋のミケちゃんが旅立ってしまいました。
ちまさんはとてもたくさんの猫さん達を保護してきたので、猫エイズウイルス感染症(FIV)や猫白血病ウイルス感染症(FeLV)に感染した猫さん達との出会いはありましたが、
猫伝染性腹膜炎(FIP)は若い猫に発症することが多く、もはや皆16歳を過ぎたうちのにゃんずには無縁の病気だと思っていました。
そのため当初、ミケちゃんの不調も、老猫に多いいくつかの疾患を疑い、治療を進めていましたが、転院した結果、FIPであることが判明しました。
それからおよそ1か月間、少しでも痛みが緩和されるようにと、通院治療をしながら介護を続けていました。注射が効いてミケちゃんが自分でご飯を食べた日もあり、ちまさんは毎日一喜一憂を繰り返していました。
ですが、やはり不治の病といわれるFIPに打ち勝つことはできませんでした。
ちまさんが言うには、ミケちゃんはちまさんがこれまでに出会った猫さん達の中で、一番の美人さんだったそうですよ。
* トラちゃんのこと *
ミケちゃんの闘病と同じくして、猫部屋のアイドル、リーダー的存在だったトラちゃんも少し調子を崩していました。
日々、介護や仕事に追われるちまさんに、トラちゃんは遠慮していたのかもしれません。
ミケちゃんが旅立ったあと、気が抜けたかのように状態が悪化したトラちゃんも、また、通院治療をしながらちまさんの介護を受けることになりました。
ミケちゃんとトラちゃんは生まれた時からずっと一緒に暮らして来た兄妹猫でしたから、
「まだ連れて行かないでね。」と、ちまさんはミケちゃんの骨壺に毎日話しかけていましたよ。
トラちゃんは小さな時から身体が弱く、特に尿路疾患では何度も入退院を繰り返し、死にかけたこともありました。
ちまさんが撮りだめたにゃんずの集合写真の多くに、カラーを付けたトラちゃんが写っています。
晩年のトラちゃんは、尿路疾患の症状も落ち着き、猫部屋の窓辺やソファでまったりのんびり寛ぐ姿が印象的でした。
トラちゃんがすっかり歳をとったなぁと、感じたのは、一昨年前ぐらいから。
少しずつ視力を失い、最後のおよそ半年間は全盲に近い状態でした。
真夜中に自分で猫部屋のドアを開けて、にゃ~にゃ~騒ぎながら他の部屋に迷い込んで、
「おじいちゃん、猫部屋に戻るよ。」と、ちまさんに抱きかかえられている様子もよく見られましたよ。
旅立つ2週間前ぐらいから、トラちゃんの心臓はうまくポンプの役割を果たせなくなってきていましたが、
トラちゃんもまた、一度復活して自らカリカリを食べ出すなどの奇跡もあり、そんな奇跡が何度も起きてほしいと、ちまさんは願っていました。
やがて奇跡の時間の終わりを感じた時、ちまさんはトラちゃんに言いました。
「自分のタイミングで逝けばいいよ。」と。
そして、ミケちゃんが旅立って1か月経った8月のある日、トラちゃんも向こうの世界に逝ってしまいました。いつも窓辺でふたり並んで座っていたように、ミケちゃんの骨壺の隣にトラちゃんの骨壺が並びました。
トラちゃんは、先代のララ犬先輩ととても仲良しだったそうですが、新参者のおゆきにもとても優しく接してくれたナイスなキャットでしたから、おゆきもトラちゃんのことが大好きでしたよ。
* すみれちゃんのこと *
そしてそんな辛い闘病や介護、お別れが続く度に、いつもちまさんを癒してくれていたのは、フェレットチームのみんな、現在は我が家の唯一のフェレットさん、すみれちゃんでした。
おゆきはといえば、気分転換にちまさんをお散歩に誘うことはできても、まだまだ遊びたい盛りのお転婆娘ですからね。ついついかまってモードになってしまうのです。
ちまさんをまった~りと癒すのは、いつだってすみれちゃんの係りでした。
ですが、そんなすみれちゃんも、トラちゃんの旅立ちからおよそ10日後の9月のはじめのある朝、旅立ってしまいました。
フェレットさんは身体が小さい分、犬猫チームよりもさらに、もっともっと大切に大切に育てられてきました。小さなことでもすぐに病院にかかってきたし、直前の健康診断でも、すみれちゃんには大きな異常は見られませんでした。
ですが、急な病いに侵されたすみれちゃんは、治療の甲斐なく逝ってしまいました。
あと数か月で6歳になるところでした。
すみれちゃんはトラちゃんのお見送りの日も、一緒に猫部屋に千日紅をたくさん飾って、ちまさんを慰めてくれていたのですよ。
長くにゃんずの闘病が続いていたし、それに今年は梅雨が長かったでしょ。残暑もまだまだ厳しいから、秋が深まって涼しくなったら、また一緒にお出かけしようね、って、おゆきとも約束をしていたのに。
どうして・・・。
* 掛けられた言葉 *
お別れはいつだって悲しいことに変わりありませんが、老齢や長い闘病で、ある程度看取る側に心の準備や覚悟ができている場合と、そうでない場合とでは、受ける衝撃の度合いが違いますね。
何十匹も看取って来たちまさんでも、こんなことに遭遇すると腑抜けになります。
涙が止めどなく溢れ、いつまでたっても止まりません。
心に負ったひとつの傷が治る前に、また傷を負って、更に傷を負って、傷は深くなるばかり。
介護そのもの、例えば、数時間おきの強制給餌や下のお世話、数が多い我が家だったら皮下点滴などには、きっと慣れというものがあります。うまくいかないことももちろんありますが。
ですが、お別れそのものに慣れることは絶対にないのですよね。慣れるのは唯一、葬儀の段取りだけ。
火葬場のおじさんは、はじめの頃はちまさんを愛護団体か何かの人だと思っていたらしく、どことなく事務的な感じがしましたが、あまりに頻繁に、ひとり段ボール箱を抱えてメソメソしながら火葬場に通う女の姿が印象的だったせいか(その火葬場ができてから20回以上利用していますからね)、いつの頃からか事情を聴いて慰めてくれるようになりました。
すみれちゃんのお葬式の時は、天命や寿命についてお話してくれたそうですよ。
おじさんは、日々いろいろな動物さん達の火葬をされていて、数日前は、近くの高校で飼われていたエミューさんのお葬式をしたのだと話していました。
こんな時って、わかっていることをもっともらしく言われると、相手の気遣いすら疎ましく感じてしまうことも正直あるのですが、火葬場のおじさんのお話は、ちまさん、なぜかいつも心にすっと沁みてくるみたいです。
うちの動物さん達の最期は、突然の旅立ちでない限り、お口の周りがカピカピになっていることが多いんです。
お葬式の前に、もちろんきれいに拭いてあげるのですが、そのおじさんは亡骸を見れば、どんな最期を迎えたのか、たいていわかるそうです。
「よくお世話されましたね。」って、労いの言葉を掛けてもらうと、更に涙ぐんでしまうこともあるんですよ。
動物さん達が自分で口からものを食べられなくなったら、もうそこまで、という飼い主さんもいらっしゃいます。だからといって、愛情が足りないとか思いません。
側に寄り添い、それを見守ってあげることも深い愛情だと思うからです。
ただ、状況によっては、強制給餌を粘り強くした結果、命が救われることもあるので、ちまさんはどうしても、ぎりぎりまで口から食べさせたいと思ってしまうのですね。
シリンジで入れた流動食やミルクをごっくんできて、消化、排泄できる限りは、いつだって強制給餌する気満々でいるんです。
だから、ミケちゃんの時も、最期までそうしたいと思っていたのですよ。
でも、転院先の病院の先生に、最後の診療の時、ちまさんこう言われたんです。
「ちまさん、ミケちゃんは向こうの世界に逝く準備に入りました。だからもう、食べ物は必要ないです。
もしどうしてもと言うなら、ちょっと口を水で湿らせてあげるぐらいで十分です。
何もしなくていいです。ちまさんは傍にいてあげるだけでいいです。」
先生にはちまさんが、よほど最期までちょびちょびと何かをしたがる飼い主に見えたんでしょうね。
先生にこう言われて、ちまさんははっと我にかえって、肩の力が抜けたような気がしました。
命に執着しているのは、動物さん達ではなくて、ちまさんなんですね。
ミケちゃんはその日の深夜、旅立ちました。
そしてそれから程なく、トラちゃんとすみれちゃんも。
* 千日紅 *
春に、すみれちゃんやトラちゃんと遊んだネモフィラのお庭には、ネモフィラの花期が終わったあと、千日紅が植えられました。
千日紅の丸いお花が、ちまさん大好きなんですね。
背丈の低いお花達とのバランスも良くて、ここでは毎年、夏から晩秋までずっと咲いてくれています。
ですが、その千日紅が次々と花を咲かせ始めた頃には、トラちゃんは闘病がはじまり、もうお庭には出ることはありませんでした。
すみれちゃんはこのあとも元気でしたが、フェレットさん達は梅雨の季節や夏はお外では遊びませんからね。
すみれちゃんも、おゆきとお庭で遊んだのはこれが最後となりました。
旅立ちのある度に、お庭に咲く花を摘んで段ボール箱の棺に敷き詰めます。
ミケちゃんの棺にも、トラちゃんの棺にも、すみれちゃんの棺にも、ところどころに千日紅が散りばめられました。
こうして、この記事を書き始めた昨日も、お庭ではまた新しい蕾が赤い花をつけていました。3にんはもういないのに。
そして、長い間色褪せることなく咲いているこの千日紅や冒頭の百日紅の花でさえ、いつかは枯れて、跡形もなく消えてゆくのです。
すべてが一炊の夢のよう。
こんなやりきれない気持ちのときは、いつもすみれちゃんが、まあまあって、トンとちまさんの肩を叩いてくれていたのです。
ちまさんのコーヒーブレイクに付き合って、よく隣で特製うまうまスープを飲んだものでした。
せめて若く元気なおゆきは、ちまさんを励まし、時には笑わせることさえできるように頑張ろうと思ってはいるのですが、すみれちゃんの代わりは誰にもつとまりません。
どんなにたくさんいても、みんな違うのですね。
人も動物も、それぞれに代わる命など、どこにもないのです。
* お別れの時 *
お別れはいつどんな風にやって来るのか誰にもわかりません。
もしかしたら、それはある日突然やって来るかもしれませんね。
最期は別々になってしまったり、痛かったり苦しかったりする姿を見なくてはならないかもしれません。
でもそれが臨終というものですね。
そして、動物さん達の治療や介護を進める中、悩みに悩んで決断した選択がうまく行かないこともあります。
ああすればよかった、ああしなければよかった、と、自責の念に駆られ、心が押しつぶされてしまいそうになってしまうことも、ちまさんよくあります。
でも、そんな時は、深い愛情をもって育ててきたそれまでの時間を振り返ります。
下した選択も、その時彼らを思って一生懸命考えた末のこと。
ふと、ちまさんは昔トラちゃん達とよく読んだ絵本を思い出しました。
悲しみを乗り越えることは到底無理なので、
悲しみを受け入れて、でんでんむしのように背中に乗っけて、それを自分の一部として生きていくのですって。
その殻は人によって大きかったり小さかったりしますが、誰もが持っているそうですよ。
お話はそこで終わりですが、
悲しみの中に、もしも、ごめんねの気持ちがある時でも、少しずつ少しずつ、ありがとうの気持ちが増えて、背中の殻を優しく満たしてくれたらいいですね。
熱心にちまさんの読み聞かせに耳を傾けるトラちゃん達を見ていたら、
そんな風に思えてきました。
それにしても、動物さん達の旅立ちには、忌引きも喪中もないのは大変ですね。
ひとりいなくなっても、残りのみんなのお世話を続けながら、お仕事に行かなくてはなりません。
どんなにヨレヨレだって、動き続けなくてはなりません。
そしてやはり、一人でも多くの方に小さな命を大切にしてほしいですから。
小さな命を守ることって、世の中を良くしていく根本ですからね。
物語は続きますよ。
ミケちゃん、トラちゃんはじめ、にゃんずとすみれちゃんが一緒に撮ったお写真、すみれちゃんとちまさんが旅に出た時のお写真、
そして、すみれちゃん&おゆきの珍道中のお写真も、カメラにたくさん残っています。
今すぐには無理ですが、またその内、お写真を整頓して日記を書きますから、その時にはぜひ見に来てくださいね。
悲しい気持ちがあふれ出しても、こうしてここで綴って来た物語を振り返ると、
いつだって、みんながとても暖かい光の中に包まれていたことに気づかされます。
想い出って、その後もずっと生き続けなくてはならない、私達の未来のために、あるものかもしれませんね。
皆さまも、限りある日々の中、
大切な人や動物さん達と仲良く楽しく、素敵な想い出をたくさん作ってお過ごしくださいね。
最後になりますが、トラちゃん達やすみれちゃんに代わって、おゆきからお礼を言わせてください。
生前、可愛がってくださりありがとうございました。
by ゆき♀ (・・・+仲間達♂♀)