Advent calendar  先程は興奮して忘れてましたが直筆メッセージの絵も文字もとんでも可愛い😍

眉毛🤣
可愛い😍💜


そうそう、
潤くんはこの動画の意味も趣旨もタイミングもすべて理解してメッセージをしてくれてましたね。
だから、みんなそうなんだろうと勝手に理解してたけど違ってた😅


元々、Advent calendarはクリスマスまでの日数をカウントダウンするために使うカレンダーですものね。
うちも息子が小さな頃には可愛いカレンダーをフェルトで作って楽しんでました。
子どもは喜びますよね😊

だから、「まだ早いけど」とか、「楽しいクリスマスになるといいですね」とか、公開日も把握してるよね。
指示されるがままじゃないのがよくわかる!

あ、出だしの静止画みたいなのはスクショタイムかな?
至れり尽くせりだわ💜

流石だ、潤くん💜


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松山ケンイチ・松本まりか・木村昴ら「どうする家康」7人の扮装写真公開

松本潤が主演を務める2023年1月8日放送スタートのNHK大河ドラマ「どうする家康」より、7人の扮装写真が、ドラマ公式Twitterにて公開された。


松本潤主演「どうする家康」

今作は、脚本家・古沢良太が新たな視点で、誰もが知る歴史上の有名人・家康の生涯を描く。ひとりの弱き少年が、乱世を終わらせた奇跡と希望の物語となる。松本が徳川家康役を演じるほか、織田信長役に岡田准一、家康の妻である瀬名(築山殿)役に有村架純、豊臣秀吉役にムロツヨシ、武田信玄役に阿部寛ら豪華キャストが出演する。

松山ケンイチら7人の扮装写真公開

初回放送まで約1ヶ月と迫り、5日~9日までで、登場人物の扮装写真が公開。

今回は本田正信役の松山ケンイチ、夏目広次役の甲本雅裕、本田忠真役の波岡一喜、渡辺守綱役の木村昴、登与役の猫背椿、大鼠役の千葉哲也、女大鼠役の松本まりか、徳川家臣ら7人の扮装写真が一挙に公開された。
………

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あと3日続いての公開ですね。
毎日何かあるのは楽しいなぁ😊

公式さん、ありがとうございます!

 


✨Johnny's FAMILY CLUB Advent Calendar✨

松本潤からのクリスマス動画&直筆メッセージ 

ジャニーズnet


潤くんきたーーー💜

お洋服着てる!!

わぁー!素敵💜💜


前髪の長さにだけ残る家康感。

久しぶりに鎧着てない動く潤くんを見られてうれしい😊


いつの潤くんかな?

かなり前髪が長いから最近かな!

だったらうれしい😆


……ということで、潤担は今日がクリスマス🎄🎅

ふふふ💜💜💜💜💜



ドラマガイド 前編の表紙解禁だぁ💜💜💜

おー!!!!!



嵐・松本潤主演、NHK大河『どうする家康』ガイド本の表紙&登場者公開 放送開始を前に12・23発売

松本潤が主演を務めるNHK大河ドラマ『どうする家康』(来年1月8日スタート)のガイド本『大河ドラマ・ガイド どうする家康 前編』(NHK出版、12月23日発売)表紙ビジュアルが公開された。

 誌面では、家康役の松本をはじめ、家康の妻の瀬名役・有村架純、脚本・古沢良太氏による巻頭座談や、家康と家臣団による座談、主要出演者紹介&インタビュー、あらすじ、舞台地紹介 撮影ロケ日記、歴史記事などで多角的にドラマの魅力を伝える。


■前編・出演者インタビュー登場者(予定、敬称略) 
松本 潤(徳川家康役) 
有村架純(瀬名役) 
松嶋菜々子(於大の方役) 
大森南朋(酒井忠次役) 
山田裕貴(本多忠勝役) 
杉野遥亮(榊原康政役) 
音尾琢真(鳥居元忠役) 
イッセー尾形(鳥居忠吉役) 
岡部 大(平岩親吉役) 
小手伸也(大久保忠世役) 
松重 豊(石川数正役) 
松山ケンイチ(本多正信役) 
山田孝之(服部半蔵役) 
野村萬斎(今川義元役) 
溝端淳平(今川氏真役) 
渡部篤郎(関口氏純役) 
真矢ミキ(巴役) 
関水 渚(お田鶴役) 
岡田准一(織田信長役) 
北川景子(お市役) 
ムロツヨシ(木下藤吉郎役) 
阿部 寛(武田信玄役) 
※誌面登場順



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やはりこちらですよね💜💜


吸い込まれそうで、突き放されそうな瞳。

不安気でどこを見ているのかわからない視線なのに、覚悟や強い意志を感じる眼差し。


「ナイーブで頼りないプリンス」

このコピーは、潤くん演じる元康にしか絶対に当てはまらないと確信すら出来ます。


松本潤に当て書きか!とさえ思える。


もちろん予約済み💜

12/23に着だったかな?


ほぼ、クリスマスプレゼント🎁だ💜

あー楽しみ💜💜💜💜💜


ありがとう、潤くん💜💜💜💜💜



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こちらは初めて見ました。


Newsがわかる特別編 徳川家康がわかる(毎日ムック) | 毎日新聞出版


発行者  毎日新聞出版

発売日:2022年12月 5日

配信日:2022年12月12日

判型:A4判

頁数:60頁

定価:700円(税込) 
電子書籍版定価:700円(税込)


2023年大河ドラマの主人公、徳川家康。
戦国時代を生い抜いて江戸幕府を開き、その後265年も続く天下泰平の世を築いた偉人の生涯を、イラストや図解、マンガを交えてわかりやすく紹介しています。

誰もが知っている名将ですが、「何をした人物か」は、よく知らない、あまり覚えていないという人もいるでしょう。本書は、幼少期から晩年まで、家康の苦悩や決断、成し遂げたことなどを、歴史の流れとともに理解することができる一冊。いまの時代になじみのない語句をできるだけわかりやすく言い換え、用語解説や具体的なエピソードを盛り込んでいるので、楽しく読み進めることができます。


4p NEWS 2023年の大河ドラマは徳川家康が主人公!
6p 徳川家康 天下人への歩み
Ⅰ 耐え忍んだ半生
8p 長かった人質時代
10p 今川家からの独立
12p 戦と悲劇...試練の時
14p 家康を支えた人々①~命がけで使えた家臣~
15p 5カ国大名から悲願の天下人へ
17p 転機分け目の戦い「関ケ原の戦い」
18p 徳川家康 ゆかりの場所
Ⅱ大都市・江戸をつくる
20p 水をいかした都市づくり
22p 湿地を埋め立て 江戸を広げる
24p 日本橋を起点に五街道を整備
26p 建設ラッシュで大名、大忙し‼
28p 江戸の町をのぞいてみよう!
30p お金のしくみも全国統一
32p 江戸時代より前は お金は統一されていなかった?
34p 幕府の財政を支えた鉱山
35p 知ってる? "金"のひみつ
Ⅲ争いのない世を願って
36p 大御所政治はじまる
39p 天下統一の総仕上げ「大坂の陣」
40p 家康を支えた人々②


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とても分かりやすそうですね。


いまどきだと "都市プランナー!" ですね。

都市プランナーでありデベロッパーかぁ。


すごいな家康!!



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日本対クロアチア戦、悔しいですね。
紙一重だったですもの!

まさか、PKまで行くとは思ってなかったです。
もう少し前で日本は負けてしまうのかなぁ?と思っていました、すみません🙇‍♀️

ここまでいいサッカーを見せてもらいました。
楽しませていただきました✨✨
ありがとうございます😊


PKは選手を責められないです。

時の運!

南野選手は予選の功労者だし、三苫せも吉田麻也選手も予選トーナメントでどれだけいいプレーをしてくれたか!

誰も責められないことを祈ります。



そうそう!

JAL 機内エンターテインメント  国内線 12月

流れているそうです。


「櫻井翔・松本潤の行こうぜ!ニッポン!」九州編  機内特別映像  30分

<松本潤が福岡県・佐賀県で、新たなニッポンの魅力を探す旅に。>


JAL機内誌 SKYWARD12月号にも

櫻井翔・松本潤の行こうぜニッポン!

潤くんの九州編記事が載っているようです💜



「どうする家康 静岡 大河ドラマ館」の前売り券が12/19(月)から発売されるそうですよ!


で、来た!
待ってたトークショーの後編です!!


【どうする家康】松本潤さんを取り巻く出演者は?静岡で語る見どころ(全文掲載後編)


2022年11月26日に静岡市で開かれた、大河ドラマ「どうする家康」時代考証の静岡大学 小和田哲男名誉教授と、NHK制作統括の磯智明チーフ・プロデューサーによるトークショー。

NHK静岡では2回に分けて内容を(ほぼ)全文掲載しています!


後編ではドラマの見どころや気になる出演者のお話、たっぷり語っています!出演者紹介のリンクもぜひご覧になってください!

………


【家康を取り巻く人物を語る!】

司会:ドラマの中で家康を取り巻く多彩な人物が登場すると思いますが、とりわけ注目すべき方は?


磯智明チーフ・プロデューサー:

三河家臣団といわれる家康を支える人物たちは、古沢さんも1人1人のキャラクターを大切にしていて、どの人も魅力的に出てきます。

もちろん酒井忠次だとか、ネタバレになりますけれども、のちに豊臣家に寝返る石川数正。この2人のツートップのキャラクターはとても面白いと思います。


あと井伊直政。物語の中盤から出てきて、家康に生意気なことを言いながらも周りの家臣団にもまれていき、のちに徳川四天王の1人になっていく。注目していただければと思います。


瀬名のあとを引き継いで徳川家の奥方となる於愛の方。秀忠(江戸幕府二代将軍)の母ですけれども、信康事件でどん底に落ちた徳川家の中で、家康にとって一番支えになった人です。


広瀬アリスさんが演じますが、懐が大きくドシンと構えていくような、家康にとっては頼りになる女性、エネルギー源のような感じで描かれていくと思います。

個人的に楽しみにしているのが本多正信という人物。……


今回は割と早い段階で本多正信が登場し、途中で別れ、また再会みたいな。ふたりの関係を丁寧に描こうとしています。

家康が秀吉と渡り合い、秀吉亡きあと関ヶ原で天下を目指していく上で、本多正信のように人生の酸いも甘いも分かり、人間のずるさも理解しているような人物がそばにいたからこそ、家康が天下取りのレースから抜け出し、関ヶ原のような難局も乗り越えていったんじゃないかと想像しています。


小和田哲男さん:

いま話が出た本多正信、これもちょっとネタばらしになっちゃうかもしれませんが、永禄6年から7年にかけての三河一向一揆の時には一揆側で、家康に刃向かった男なんですよね。一度は追放されちゃうわけですが、本多正信の友達だった大久保忠世のあっせんでまた家康のところに戻ってきて、あれだけの活躍をする。

私は「信長と家康の違いは何か」と質問を受けたときに、自分に敵対した者を許すか許さないか、その度量が家康は大きかったんだと。

家康の家臣団、もちろん中核は三河以来の武将ですれども、今川を滅ぼしたときには今川の家臣、武田を滅ぼしたときには武田の家臣、北条を滅ぼしたときには北条の家臣を結構受け入れている。そういう懐の深さが家康のいいところだったんじゃないかなというふうに思っています。


司会:静岡は家康ファミリーの多くが眠るところです。家康の家族は、最後はハッピーエンドになるのでしょうか?

磯プロデューサー:

家康は女性に支えられることが結構多い。家康の真面目で悩んだりするというところを、前向きに引っ張っていったのは女性だと思っています。瀬名も、於愛の方も、人柄は違うんですけれどもそういうタイプの女性として描かれていきますね。

後に登場する阿茶局(あちゃのつぼね)もという人物も家康と共に戦場まで行ったという逸話がある。


家康は秀吉とよく女性の趣味が比べられますが、家康は女性をパートナーとして、人生を支えて寄り添ってくれるような人と巡り会い、一緒になったと思います。

小和田さん:

家康の場合、もちろん最初の正室・築山殿(瀬名)、そのあと朝日姫。それ以外に側室15人ぐらいがいるんですけれども、そうした女性たちに支えられていた側面があると思います。子どもを産むためということではなくて、むしろパートナー、相談役みたいな形で支えられていた側面も強かったんじゃないかという気はしています。

【制作側の2人が語る“見どころ”】

司会:ドラマの見どころは?

磯プロデューサー:

見どころがいっぱいあって…瀬名と信康のくだりは当然ドラマのハイライトになると思います。


ひと山終わった後に信長との話があって、本能寺の変があり、伊賀越えがあり、さらに小牧・長久手の戦いという秀吉との一騎打ちがあります。本当に家康はゆっくり寝たことがないぐらい、次々と色んなことが起きる人なんだなあと思います。そこに至るまでも、三方ヶ原の戦いという大きなヤマ場があります。来年、年明けぐらいから撮影に入っていきますが、そこで立ちはだかる阿部寛さん演じる武田信玄は相当強いです。


とはいえ、ドラマとしては、そこまでシリアスかというとそういう訳ではなく、古沢良太さんが楽しく面白く描いているところがあり、非常に明るいキャラクターの家臣団もいるし、ユーモラスなシーンも一杯入っているので、毎回毎回手に汗握りつつもきちんと楽しめる、エンターテイメントになっているんじゃないかと思います。

古沢さんは子どもの頃に、大河ドラマを日曜の夜8時に家族でわくわくして見た思い出があるそうです。今回の大河も親子、ご家族で見ていただきたいです。

「麒麟がくる」を放送した時に、初めて織田信長を知ったという若い視聴者もいらしたようです。


多分、徳川家康も名前を知っていても、どういう人かは知らない人がかなり多いんじゃないかと。そういう歴史に不慣れな人でも楽しめる、横にお父さんお母さんおじいさんおばあさんがいて頂いて、「家康というのはこういう人だったんだよ」「織田信長はこうだったんだよ」と話しながら、家族でも楽しめるドラマになればいいなと思います。

小和田さん:

まだ脚本が真ん中ぐらいまでしか来ていないので見どころと言っても前半ぐらいしか言えませんが、まず1つは永禄3年の桶狭間の戦い。今川義元が織田信長に負けたときに、家康自身は大高城というお城にいて、なんとか無事に三河に戻ってくるというあたりが一つのヤマ場。その直後、今度は三河一向一揆に翻弄される。

私、前半のヤマ場の1つが、磯さんからも話が出ました元亀3年、1572年の三方ヶ原の戦いだと思います。武田信玄に完膚なきまでにボロボロ負けた、あの戦い。それで家康は強くなっていったという側面もあるので、その辺もどう描かれてくるかがちょっと楽しみなところです。


いずれにしても前半は武田信玄と、その子どもの勝頼。

勝頼というとどうしても多くの方が「武田を滅ぼしちゃったんじゃないの」「大した武将じゃないね」と言いますけれども、意外と家康にとっては手強い相手だったんですよ。それこそお父さん(信玄)が落とせなかった静岡、いま掛川市ですけれども、高天神城を落として。それを家康が取り返すのに7年もかかっている。だから家康も武田親子には翻弄され続けたというのが前半のヤマ場として私は注目しているところです。


【ドラマの軸は「家臣団の結束」】

司会:さらにそのあとに出てくる豊臣秀吉との戦いも大ピンチなのでしょうか?


磯プロデューサー:

小牧・長久手の戦いは秀吉の大軍10万が来て、家康は3万ぐらいかと。そこと勝負として互角に持ち込むわけですから。そもそも家康は相手と対等以上の戦力で戦えたのは関ヶ原以降と言われています。この戦いが面白いのは、家康の家臣団の総力戦みたいな感じになるんですよね。みんな適材適所で、総合力で秀吉軍とどう渡り合うかというのが見どころです。

その後、家康は秀吉に臣下を尽くすことになり、江戸に行く訳ですが、家康の家臣団は地方にみんなバラバラに散って、忠勝は千葉に行き、榊原は群馬に行き、大久保忠世は小田原に。みんなそれぞれ地方都市の原点を作っていくんです。


そして関ヶ原の前になって、家臣団が再結集して、石田三成と雌雄を決していく。家康と家臣団の物語というのはこのドラマの大きな軸になっています。

小和田さん:

徳川家臣団の結束力の強さは、やっぱり「どうする家康」のキモになると思います。今お話の通り、本多忠勝、榊原康政あたりが大活躍をし、そこに若手だった井伊直政が加わってくる。この3人のことを「三傑」という言い方をして。そこに酒井忠次を入れて「徳川四天王」という言い方をします。ただ酒井忠次とほかの3人では年齢差が15ぐらい。親子ぐらいの違いがあるので、この4人を一括して四天王と言っていいのかというと異論がないわけではないんですけれども。

いずれにしてもそう言った武功派武将に支えられ、ある程度世の中が治まってきたときに本多正信のような武将が側近として「相遭(あいあう)こと水魚のごとし」みたいな相談役でうまく出てくる。そういうその場その場、あるいはそのときそのとき、家臣団のそれぞれの個性が家康を支えていったというドラマになっていくんじゃないかと思います。


【「やれやれ」はいつ?】

司会:最後までハラハラドキドキみたいな展開で、どのあたりで「やれやれ家康」とほっとできるのでしょうか。

小和田さん:

「やれやれ」はある程度・・・慶長5年の関ヶ原の戦いで勝った時点では少し「やれやれ」だったと思います。その3年後に征夷大将軍、徳川幕府を開くということで、さらに「やれやれ」。

でもまだ大坂には豊臣がいるということで、最後総仕上げ。これが大坂の陣になって、それを秀忠に任せるんじゃなくて家康が自ら指揮を執って戦いに出かけるというところが、多分自分の息子に汚れ役はさせたくない、最後の総仕上げは俺がやるんだという思いが家康にはあったんじゃないかと思います。


司会:あとのほうでは石田三成や真田信繁(幸村)との渡り合いも見どころになってくるのでしょうか?

磯プロデューサー:

今回の石田三成は相当強いと思います。そんな簡単に家康が勝てるように描く感じではないですね。


司会:「計算尽くで石田三成を誘い出し天下をとった」というような描き方とは、ちょっと違いますか?

磯プロデューサー:

もしかしたら石田三成のほうが頭がいいかもしれない。

小和田さん:

まだ脚本出てきてないからなんとも言えないですね。よく石田三成を悪者みたいに「何で負けると分かっていた戦いを仕掛けたんだ、豊臣家が滅びちゃったじゃないか」という言い方をするのは間違いだと、私は前々から言っています。西軍が軍勢としてはちょっと多い。確か8万4000ぐらい,東軍が7万4000ぐらいですから。


あれだけの軍勢を集めたのは三成さすがだな、すごいなと思っています。脚本の古沢さんとは三成について、ぜひ話してみたいなと思っています。


磯プロデューサー:

小和田先生が監修されている岐阜関ケ原古戦場記念館。そこに足を運んだ時に古沢さんがおっしゃったのは、家康の旗印「厭離穢土 欣求浄土」(おんりえど ごんぐじょうど)、三成の「大一大万大吉」(だいいちだいまんだいきち)を見て、2人の政治理念って割と近いなあということでした。

武田信玄が掲げている「風林火山」とか、織田信長が掲げている「天下布武」は自分を誇示する文言なんです。けれども家康や三成は「みんなで力を合わせて頑張ろう、良い世の中をつくろう」という、精神論や理想論でとても似ているなと。

家康と三成はお互い気質が似ていて、考えていることがわかるだけに、敵対して腹の探り合いになったときには一番やりにくい相手のように家康は感じるんだろうなともおっしゃっていました。まさに一番敵にしたくない相手として、三成は登場する予定です。

【質疑応答】

観客:小和田先生。大河ドラマって同じキャラクターがほかの作品ごとにいろいろ出てきていて、「真田丸」では内野聖陽さんが家康をやっていて、「おんな城主 直虎」では阿部サダヲさんがやって、「麒麟がくる」では風間俊介さん。


それぞれの大河ドラマで、それぞれ異なる家康像を時代考証するのは大変ではないですか。


小和田さん:

歴史研究はどんどん進んでいて、今までの通説や定説で描かれてきた家康と、新しい研究で出てくる家康は違いがあるわけです。そのあたりをドラマでも出していただきたいということは言っています。40年前の山岡荘八原作の家康と、現在の研究がどんどん進んできている家康は当然違うわけですし、今の到達点の家康をできるだけ描いてもらいたいなということは言ってあります。

研究の進展というのは、専門書は本屋さんに行けば売っているわけですが、多くの方はそこまで興味がない。本まで買って勉強したいと言ってくれる人はいない訳です。大河ドラマは多くの人が見てくれる。今の新しい研究状況もドラマを見ればわかるということも、研究者にとっては喜ばしいことです。

古沢さんの台本は、私自身も知らなかったような、あまり気にしていなかったエピソードも取り上げてくれているので。今まで意外と知られていなかった家康の実像が結構描かれるので、見ていて楽しいドラマになるなと思います。いろいろ勉強されているので、外れていないというか、今の研究到達段階に近い家康像が描かれているという印象はあります。


観客:小和田先生に質問です。家康は瀬名姫を殺さないといけないとなった時に、何を一番に考えて踏み切ったのでしょうか。


小和田さん:

それはなかなか難しい質問ですね。ドラマでどう描かれるかはわかりませんけれども、瀬名が産んだ長男の信康が織田信長の娘と結婚していて、娘の方から夫の不行跡を、あるいは瀬名・築山殿の不行跡を信長に密告していて、信長から(家康に)殺せと命令が来たというのが通説でした。

最近の説では信長が2人を殺せと言っていなくて、むしろ家康の判断だということです。これはやはり家康としては徳川家臣団を解体させたくない、信康がどちらかというと家康と意見の違いが出てきたりして、ある意味ではしかたなく殺したという判断だと思います。それ以上言うとネタバレになっちゃうのでごめんなさい(会場笑い)。


【終了後 控え室でのコメント】

磯智明プロデューサー

(Q静岡の方の期待をどう感じましたか?)

とても熱心に聞いてらっしゃる方やメモを取りながら聞いていらっしゃる方がいて。歴史や家康に対する興味や造詣が深い方が多いんだなと思いました。

(Q浜松や伊豆・東部の方も注目しています。静岡県の方々の期待に応えられそうですか。)

物語の多くは浜松・静岡など、静岡県のエリアが舞台になってきて、馴染みのある地域名がドラマのさまざまなシーンで登場します。三方ヶ原の戦い、高天神城の戦い、ゆくゆくは駿府城も構えます。家康の育ったところであり、成長を遂げた場として、この土地は出てくると思います。静岡県の皆さんが、地元の歴史を振り返ったり、地域を見つめ直したりするきっかけに、このドラマがなればいいなと思います。


(Q県民の期待に存分に応えられるドラマになりますか?)

喜んでもらえるドラマにしなきゃいけないなと今日改めて思いました。

小和田哲男さん

(Q先生も脚本を少しずつご覧になっていると思いますが、ドキドキされていますか?)

そうですね。エピソードで私自身も知らなかったようなというか、あまり気にしていなかったエピソードも取り上げてくれているので。今まで意外と知られていなかった家康の実の姿というか実像ですね、これが結構描かれるので、見ていて楽しいドラマになるなと思います。

(Q古沢良太さんの家康の捉え方はいかがですか?)

それこそいろいろ勉強されているので、外れていないというか、今の研究到達段階に近い家康像が描かれているという印象はあります。


(Q今川義元復権、まさに小和田先生中心に静岡を挙げて取り組んでこられました。今回のドラマで成就されていますか?)

そうですね。脚本段階では今川義元に育てられた竹千代少年という感じでの2人のコンビ、組み合わせは描かれていますので、それはもう私がずっと言ってきた今川復権。今川義元はどうもお公家さんかぶれでという言われ方の反論にはなると思います。

一昨年、駅前に義元の銅像も出来ました。


今回のドラマで今川義元をきちんと描いてもらえるということで、「え、こういう今川だったの」と多くの人に知ってもらえるいい機会になると思います。



〜〜〜


<「信長と家康の違いは何か」と質問を受けたときに、自分に敵対した者を許すか許さないか、その度量が家康は大きかったんだと。

今川を滅ぼしたときには今川の家臣、武田を滅ぼしたときには武田の家臣、北条を滅ぼしたときには北条の家臣を結構受け入れている。

そういう懐の深さが家康のいいところだったんじゃないかな>


ですよね。

色々なものを読み進める中で、この人も受け入れるんだ!と思うことが何回もありました。

度量、懐の深さは天下一品じゃないかな?



脚本はまだ前半まで

前半の見どころ


瀬名と信康のくだりは当然ドラマのハイライト


桶狭間の戦い。

今川義元が織田信長に負けたときに、家康は大高城にいて、なんとか無事に三河に戻ってくるというあたりが一つのヤマ場→三河一向一揆に翻弄される。

前半のヤマ場の1つが、三方ヶ原の戦い。

武田信玄に完膚なきまでにボロボロ負け、それで家康は強くなっていったという側面もある

三方ヶ原の戦いという大きなヤマ場→信長との話があり→本能寺の変→伊賀越え→→小牧・長久手の戦いという秀吉との一騎打ち

三方ヶ原の戦いは年明けぐらいから撮影に入る

そこで立ちはだかる阿部寛さん演じる武田信玄は相当強い。

前半は武田信玄と、その子どもの勝頼に翻弄され続けたのが前半のハイライト。

(前半で阿部寛さんの武田信玄がかなり登場してくれるということですね!

それは楽しみ😊)


小牧・長久手の戦い

この戦いが面白いのは、家康の家臣団の総力戦。

みんな適材適所で、総合力で秀吉軍とどう渡り合うかというのが見どころ。

その後、家康は江戸に行くが家康の家臣団は地方にみんなバラバラに散る。

忠勝は千葉、榊原は群馬、大久保忠世は小田原に。

関ヶ原の前になって家臣団が再結集し石田三成と雌雄を決していく。

家康と家臣団の物語というのはこのドラマの大きな軸。

徳川家臣団の結束力の強さは「どうする家康」のキモ!



古沢さんの台本は、あまり気にしていなかったエピソードも取り上げてくれている。

今まで意外と知られていなかった家康の実像が結構描かれる。

今の研究到達段階に近い家康像が描かれている。



武田信玄が掲げている「風林火山」、織田信長が掲げている「天下布武」は自分を誇示する文言。

家康の旗印「厭離穢土 欣求浄土」(おんりえど ごんぐじょうど)、三成の「大一大万大吉」(だいいちだいまんだいきち)。

家康や三成は「みんなで力を合わせて頑張ろう、良い世の中をつくろう」という、精神論や理想論でとても似ている。


(似ていればこそ……か。なるほど!

家康も三成も個性の強いカリスマ的な武将とは少し違ってますよね。

で、石田三成のキャスティングは?

どなたかなぁ?

気になりますよね!

後半だからなぁ、いつ発表だろ?


あとは石田三成、直江兼続、豊臣秀頼、藤堂高虎、天海、阿茶局、ウイリアムアダムス、ヤンヨーステン……まだまだ発表が楽しみです😊)




瀬名・築山殿

信長から(家康に)殺せと命令が来たというのが通説。

最近の説では信長が2人を殺せと言っていなくて、むしろ家康の判断。

家康としては徳川家臣団を解体させたくない、信康がどちらかというと家康と意見の違いが出てきたりして、ある意味ではしかたなく殺したという判断だと思います。


そうか、ここは本当に辛い。
真正面から見られるか?と今から思ってるほどです。
タオル用意だな😭

今の時代の価値観を入れて見てしまうとちょっと違うとはわかっていますが、どうしても……
ちゃんと400年以上前の武士の世界だと言い聞かせ(^^;)、ドラマとして見られるようにしておきます。
でも、没頭はしますよ!







「どうする家康」時代考証歴史学者が「三方ヶ原の戦い」講演会

来年のNHK大河ドラマ「どうする家康」の時代考証を担当する歴史学者が、徳川家康が武田軍に敗れた「三方ヶ原の戦い」について語る講演会が、浜松市で開かれました。

3日、浜松市で開かれた講演会には、ドラマの時代考証を担当する歴史学者の平山優さんが講師として招かれ、およそ90人が参加しました。
この中で、平山さんは、浜松市の三方原台地が舞台となった「三方ヶ原の戦い」について、なぜ家康が大軍の武田軍に挑んだのか、研究成果をもとに解説しました。
平山さんは、まず、家康の居城だった浜松城は、浜名湖の水運を使って食料や織田信長からの支援物資を確保していたとして、「武田軍が浜名湖畔にあった堀江城を攻める動きをみせたため、家康は浜松城への補給路を断たれて徳川軍が干上がることを恐れたのではないか」と指摘しました。
その上で、「家康は、みずからのメンツや意地の問題ではなく、補給や援軍の問題から出陣せざるをえなかった」という見方を示しました。
参加した人たちは、メモを取るなどして、熱心に耳を傾けていました。



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家康の選択
「どうする家康」の中でたくさんのどうする?が出てくるのでしょうが、そこでどんな選択・行動をするのか?
そこにどんな意味・考えがあったのか?

おもしろそうだなぁ✨
家康の頭の良さにもたくさん触れられそうです。



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徳川家康の「桶狭間」後が何ともしたたかすぎる訳


記事



徳川家康は優秀なビジネスパーソンでもありました。

2023年のNHK大河ドラマ「どうする家康」の放送開始に向け、徳川家康に注目が集まり始めました。それを受け、ここでは若き日の家康、松平元康と名乗っていたころに起きた戦いを、歴史にあまり詳しくない方も理解しやすいようにビジネスの視点を交えて解説していきます。

今回取り上げるのは桶狭間の戦いです。織田信長が一気に戦国時代のスターダムにのし上がるきっかけとなった戦がどういうパワーバランスで起きたのか、そして元康はそこでどういう意思決定をしたのか……
………眞邊明人氏が解説します。

圧倒的に不利な状況で重要なのは「観察」

桶狭間の戦いは、今川軍が2万5000、織田軍は2500〜3000という圧倒的な兵力差があるなか始まりました。絶体絶命の織田信長は一か八かの機動戦を試みます。いわゆる「OODAループ」を回すわけです。OODAループは、日本のビジネスシーンでは広く取り入れられてきたPDCAに比べると耳慣れないものかもしれません。

このメソッドは、ジョン・ボイドというアメリカの航空兵士が作ったもので、状況を「観察」し、「仮説」を立てて「選択」をし「行動」するという一連の流れを、高速で回して戦況を改善する手法の一つです。現在はアメリカの国防省にも採用されている考え方です。

PDCAとOODAループの最も大きく違う点は、じっくり計画を立てるのではなく、与えられた状況で瞬時に観察し仮説を立てることにあります。

信長はこのとき状況をこう観察し、以下のような仮説を立てたと思われます。

まずは2万5000という敵の兵数が一つの塊なのか、それとも分散されているのか。なおかつ、この圧倒的な兵力差で勝つ可能性があるとすれば、敵将である今川義元ただ一人を討ち取ることができるかどうか。

こうなると信長の戦略は義元がどこにいるかという方向と範囲に限定され、義元の居場所が見つかれば勝つための仮説が立てられ、勝つための選択もできるという流れになります。幸いなことに信長は、桶狭間山とも田楽狭間とも言われる、義元の居場所を特定できました。このとき、今川軍は前線に2万を、そして義元の本陣5000は後詰めに配置していました。

信長は義元のいる本陣にすべての兵力を集中します。


戦力=人数×武器効率

で推し量る、ランチェスターの法則でいうところの「狭域戦」に持っていくわけです。

「広域戦」の戦力計算式は人数の二乗×武器効率ですが、これをぐっと方向と範囲を狭めて「狭域戦」、つまり狭い範囲に持ってくると、この二乗の部分が消えます。だから変数は武器効率だけに限定できるわけです。

この戦における武器効率というのは、ものすごい新兵器があったわけではなく「武器がうまく使える」状況を指します。自分たちには土地勘がある、相手が油断している、雨で見通しが悪く自分たちは見つかっていない、そして機動力、つまり速さがあったということです。

今川:人数5000×土地勘がない、油断している、敵の居場所が不明、機動力がない
織田:人数3000×土地勘がある、油断していない、敵の居場所を特定、機動力がある


「武器効率」で倍近い兵力差を覆す

このように、ほぼ互角以上の戦いができる「狭域戦」に持ち込めたおかげで、義元を見事討ち取ることに成功しました。

この勝利は、おそらくラッキーだったところが相当大きいと思います。義元を討ち取れたからよかったものの、もし逃げられていたら、どうやっても勝ち目はなかったでしょう。信長としては本当にイチかバチかの、万に一つの懸けに勝ったという、そういう意味での激勝だったわけです。

さて3000の兵で5000の兵を討ったのはいいですが、問題はここからです。先行している今川兵は、あと2万います。普通に考えれば、この大兵団が引き返してくれば3000と2万になって、しかも戦える場所が限られています。

今度は圧倒的に敵の兵数が多いため、どう考えても勝てないはずですが、今川家はいわゆるPDCA型の組織で現場の将や兵の1人ひとりが自ら判断する自由を与えられていません。P(計画)をつかさどるリーダーの義元が討たれてしまうと一気に軍は総崩れになってしまいました。今川義元1人討ち取られただけで、この2万の軍隊はまさに散り散りになって逃げるという悲惨な状況を招いてしまったわけです。

通常はPDCA型の組織は、計画さえ破綻しなければ、その改善をしてどんどん修正していく力が働くのですが、計画そのものが破綻した場合は臨機応変に立て直すことができません。これは現代の大企業でも同じで、大きな計画が崩れると、人が多い分だけ統制が取れなくなってガタガタになるのはよくあることです。


一方の当時の織田家はいわゆるベンチャーのように少人数組織だったので、意思決定のスピードが非常に速く機動的に動けました。リーダーである信長としての最悪の事態は自分が討たれることだけなので、イチかバチかの判断をしやすかったということもあります。ここが信長のラッキーな点でした。何もかもが信長にとってうまく回ったという印象です。

このとき徳川家康(松平元康)は、この雲散霧消させられたうちの一隊でした。彼は自分のチームを率いて逃げるわけですが、かつて松平家の城だった岡崎城方面に向かいます。この岡崎城は今川の守備兵が守っていました。

このとき元康の部下は「一気に岡崎城を乗っ取ってしまいましょう」と提案します。岡崎城の城主に戻るのが当時の元康のミッションですから、今川の守備兵がかなり少ないなら一気に中に入って奪い返すというのは、普通に考えたら非常に機動的な考えですが、これを元康は止めました。そして近くの寺に布陣して岡崎城に入りません。

そうすると、岡崎城の近くにいた今川の兵たちは意図がわからないと怯えます。「どうか松平さん、城に入ってください。一緒に戦いましょう」と懇願しますが、これも元康は断ってしまう。元康の意図が掴めず、しばらくは膠着状態が続きますが、元康の部下としては背後から織田が追ってきているわけですから非常に危ないと思うわけです。

つまり織田軍と決戦することになる場合、城の中にいるのと野外で戦うのとでは強さがまるで違います。自軍を守り敵軍を倒すためのものが揃っている城に入ったほうが圧倒的に強いのですが、元康は頑として入ろうとしない。

そのうち「これではダメだ」と今川の守備兵は逃走します。このタイミングでようやく元康は岡崎城に入城します。

状況を的確に観察し最悪を避ける

信長が桶狭間の戦いでOODAループを回したのと同様に、このとき元康が行ったのも、まさにOODAループです。ただ信長のOODAループと若干違うのは、信長の場合は、もう選択の余地がないイチかバチかの懸けでした。一方の元康はそうではなく、いろんな選択肢が考えられるなかでの意思決定でした。

まずOODAループの基本的な考え方は「最悪を逃れる」ということです。ここで言う最悪とは、当時の松平家からすると相手が織田であろうが今川であろうが滅ぼされてしまうことです。したがって元康の命、そして配下の兵の命が大事なわけです。


そのうえで考えられる選択肢1としては、そのまま今川の領地を乗っ取ることですが、この場合は完全に今川家を敵に回します。

選択肢2は、今川の守備兵から「一緒に城に入って守ってくれ」と言われたところで入城すること。これは織田に完全に敵対という意思を示すことになります。しかも今川の配下ということを決定づけてしまうわけです。元康としては、今川家という大企業の営業課長のような地位にとどまって会社を取り戻せないことになる。立場がまったく変わらないということになります。

空き城になった時点で入城

元康がとったのは上記の2つではない3つ目の選択でした。ギリギリまで耐えたことで今川の守備兵が逃げて空き城になった時点で入城という選択です。これによって、今川家に対して守備兵が逃亡したので入城したというエクスキューズができます。基本的には本部からの指示、本社からの指示があるまで私は動きませんでしたという事実をつくりました。

義元が討たれたとはいえ、後継の息子は健在だったわけですから、会社で言えば新社長はすぐ決まります。もし守備兵に、元康が勝手に岡崎城に入ったと報告をねじ曲げられでもしたら、今川方につく形になったうえに本部の話を聞かなかったという扱いになるわけですから、その後の立場は悪くなるわけです。

しかし今川の守備隊が逃げてくれたことで「本部の指示がなかったからだよね」という既成事実を作れたため、岡崎城に入るという大義名分ができました。一方、織田に対しては今川兵がいなくなってから入っているわけですから、今川方とはとらえられません。

結果、今川にも織田にも、岡崎城に入った元康が味方なのか敵なのかがわからない、という状態になります。

この非常に難しい判断を、弱冠20代前半だった元康が行えたというのは非常に素晴らしいことです。

そのまま城を乗っ取った場合、今川と組んだ場合、そうでないパターンと考えて、仮説選択を行っています。OODAループというのは自分で状況をコントロールできるようにするものです。


元康は岡崎城に入ったのですが、織田に対しても今川に対しても、どちらの味方がわからないという状態を作れました。つまり意思決定できるのは松平元康ということになったわけです。これは今川からも織田からも、コントロールしにくい状態と言えます。

元康は松平家の城を取り戻すことに成功

彼はこの状態で1年以上を過ごします。当然この間に織田方とも戦っていますし、今川方とも小競り合いをしました。この過程でも元康はずっと今川、織田及びその周辺の状況を「観察」しています。観察での大きなポイントは、今川と同盟を結んでいる北条・武田の動きです。もし同盟関係が安定しているなら元康としてはまだ今川家についたほうが得となりますし、下手に敵に回せないことになります。

同盟関係が崩れたなら、今川家は戦力を東に向けて守らねばならず、それであれば、織田と敵になっているより、味方になったほうが得です。結果的には武田家が今川家への内政干渉を始めて、今川家は東側に注力せざるを得ないとなったところで、元康は信長と清洲同盟を結びます。ここで、元康は念願の独立を手に入れることになりました。

今川の先鋒として参戦した桶狭間の負け戦の中で元康が行ったOODAループ。

岡崎城に入る判断を間違えていたら、われわれが知る徳川家康はいなかったかもしれないし、江戸時代はなかったかもしれません。このときの元康の意思決定の判断力というのが、桶狭間の戦いで奇跡的な勝利を収めた信長の意思決定に匹敵するものだと思います。

信長と組んで家康と名乗るようになった後も、彼は何度もリスクのある意思決定をしました。

信長亡きあとは秀吉、秀吉の死後は関ヶ原の戦い、という重要な意思決定の場で、この「観察」「仮説」「選択」「行動」というOODAループを回していたと思って間違いないでしょう。ひとつ間違えればダメだというところで、まず間違いない意思決定を行っていました。

このように最悪の事態を想定しながら、よりよい選択をスピーディーに模索し行動する戦国武将の姿は我々ビジネスパーソンにとっても見習うべき部分が多いのではないでしょうか。



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PDCA

Plan「計画」→Do「実行」→Check「評価」→Act「改善」


こちらは古く、今はOODA ですか?

Observe「観察」→Orient「仮説」状況判断→Decide「選択」意思決定→Act「行動」


「仮説」を立てて「選択」をし「行動」するという一連の流れを、高速で回して戦況を改善する。

こちらを当時の元康がやっていたなら、凄いですね!


潤くん、自分はDoから始まる方法でやってきたと。

DCAPだと!

とりあえずやっちゃいなよ!

長い間、実際にこのやり方でやって来て、結果も大きな成果も上げている潤くんが言うんだから私は支持します💜


どちらにしても行動までに時間をかけないって重要ポイントですね!