アイヌとの共生 願い込め「北加伊道」

北の大地 名付け親 松浦武四郎

 春を待つ浜辺に、さざ波が静かに広がる。かつて北前船の寄港地として栄えた北海道江差町。ここに江戸末期から明治にかけての探検家、松浦武四郎(1818~88年)が降り立ったのは1845(弘化2)年4月のことだ。

 「ロシアが蝦夷地に進出しようとしている」。伊勢国(三重県)の郷士(ごうし)の家に生まれ、10代から見聞を広めようと諸国を行脚していた武四郎。そんなうわさ話を海外との交易があった長崎で耳にし、当時未開とされた北の大地に目を向けたのがきっかけだった。以来、樺太(現サハリン)を含め、計6回にわたって各地を訪ね歩いた。


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 武四郎はその後、明治政府の開拓使の開拓判官に任ぜられ、蝦夷地に代わる新たな名称を政府に進言した。

そこで六つ挙げたうちの一つが「北加伊道(ほっかいどう)」。

「カイ」はアイヌ語で「この地に生まれた者」を意味し、「北にあるアイヌの人たちの暮らす大地」の意。それが採用され、「加伊」を「北の海」である「海」に変えて命名されたのが、1869(明治2)年のことだった。

今年はそれから150年目。その名には、武四郎のアイヌの人たちへの深い思いやりと、共生への願いが込められている。



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アイヌの文化に親しみ

 蝦夷地を探検したのは松浦武四郎が初めてではない。それまでにも最上徳内(1754~1836年)、間宮林蔵(1780~1844年)ら著名な探検家はいたが、道案内をかってくれたアイヌの人たちと寝食をともにし、その生活にも親しんだのは武四郎だけだったようだ。


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 武四郎は、アイヌの人たちが捕まえた動物の肉や自ら持参した米やみそなどを互いに分け合い、アイヌの人たちの家「チセ」に泊まったり、時には野宿をしたりしながら、アイヌの暮らしぶりに触れた。アイヌ語も熱心に学び、次第にアイヌの生活様式や独自文化の素晴らしさに気付いていったとされる。


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………当時の蝦夷地の実態を明るみに出したことは松前藩をいたく刺激したとされる。

ついには刺客に命を狙われ、一時、身を隠す生活を強いられたが、自らの信念を曲げなかった。


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 武四郎は明治維新後、蝦夷地開発を担う開拓使のナンバー3である開拓判官となり、アイヌの人たちへの搾取や虐待に終止符を打とうと取り組んだが、意見はなかなか聞き入れられず、半年後に辞職。

国から与えられた従五位の位階も返上し、以後71歳で死去するまで再びこの地に足を踏み入れることはなかった。


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民族を深く理解

 「静かな大地--松浦武四郎とアイヌ民族」の著書のある元北海道大助教授の花崎皋平(こうへい)さん=小樽市在住=は「アイヌ民族を深く知り、その怒りや悲しみに触れて自己変革を遂げた探検家」と評する。



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信念を曲げず貫き通した立派な方。
アイヌ語を学び、生活も共にし、アイヌの人々のために行動し命までをも狙われた。

一本筋が通った清々しさを感じます。


この方を潤くんが演じる……潤くんとは言い難いくらいだなぁ。
役者松本潤のすごさを見せつけられるんだろうなぁ。

私は何にもしないのに武者震い😅

何の不安もないっていいね。
わくわく感しかありません。


どことなく潤くんに似てる気がするし……





北海道新聞の記事です!

武四郎モデルにドラマ NHK札幌 「嵐」の松本潤さん主役


 NHK札幌放送局は28日、北海道150年を記念し、「北海道」の名付け親である探検家松浦武四郎(1818~88年)をモデルとする地域発ドラマ「永遠(えいえん)のニシパ~北海道と名付けた男 松浦武四郎~」を来春放送すると発表した。主役の武四郎には、人気アイドルグループ「嵐」の松本潤さんを起用する。

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※ニシパの「シ」は小さな字



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ニシパのシは小さな文字なんですね。

では発音も違ってきますね。


もちろん、潤くんがアイヌ語を話す場面もあるんだろうなぁ。


74分というとCMなしですから民放の1時間ドラマの2話分くらいな?

何才から何才までくらいを演じるのでしょうね?


興味が尽きない‼️