傷と煙とエクスタシー

傷と煙とエクスタシー

読んだ人が不快になる様な駄文

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風邪を引いた。
彼と付き合う様になり、風邪等引かなくなったのだが…
と言うのも、彼と付き合う様になり、沢山食べる様になった。
その為、単に身体が丈夫になっただけとも考えられるが、毎日一緒に夜を過ごす事が、何より私の精神を安定させてくれていたのだと、ここ最近、夜を離れて過ごす様になり気付いたまでである。
 
離れて居てはまず、食欲が出ない。
お菓子だけを食べて居た日もあった。
鬱状態になり自傷行為をする。
そして浅い眠りの繰り返し。
 
昨日、いつもの様に彼が家に来た。
セックスはしなかった。
私に熱があったから?
解らなくて誘ったら、お前が具合悪いのに抱けるかよ!…と、少し声を荒立てられた。
俗に言う、良い彼氏だと思う。
 
しかし、私にはセックスでしか愛を測る術を知らない。
こんなに弱って居る時こそ…
愛を感じたかった次第である。
人は“愛”と言うモノを何処で測るのだろう。
若しくは、感じとるのだろう。

たくさん測るポイントはあるが、私が一番主としているのはセックス。
そこを一番にしてしまうのは、意外と少数派かもしれない。

私は多分、沢山の人から愛されてきた。
多分としているのは、今は感じとれる精神状態ではないから。

恋人、又は夫婦間でセックスが無くなったら終わりな気がしてならない。
しかし実際はそんな事はないし、年を取ればそれ以上の愛があるのだと思う。
…年をとらなくても、あるのだと思う。

哀しいかな、頭で理解していても解らない。
ただの色情魔ならまだ楽だ。
愛している人とのセックス、それだけで一瞬にして幸福感に満たされる。

欲を言えば一日一回したい。
しかしそれは無理がありそうなので、自分とパートナーの年齢を考慮して、自分の中で三日に一回で折り合いを着けている。

セックスしていないと情緒が安定しない。
出来る状況下に在って尚しないとなると発狂しそうになってしまう。
それだけが全てじゃない、寧ろそれが無くなっても愛し合えるのが愛かもしれないのに。

性欲もそこまで強い訳ではない。
ただ、一人の愛している人にセックスという行為から愛を感じたいだけだ。


頭がぐちゃぐちゃで話纏まらない…
また後日。
太ったと言われ続けている。

確かに………
3ヶ月くらいで4㌔程増えていた。

付かなかった場所に肉が着いた。

もう限界だ。

自分の身体にじゃない。

4㌔で太った太ったと言われる事に、だ。

2日連続絶食成功中。
本日、食べた物は吐いた。

アルコールを入れると食欲が無くなる。

『お腹が空いた』が、
『何か食べたい』に変わらない。

『食べたらどうなるんだろう』と、考えた時が怖い。


人を良くすると書いて“食”

この言葉を、大切な人に何度も言い聞かせていた筈なのに。


その大切な人が、吐いた私に一番に言った言葉は
「妊娠した?」
だった。
まず、愛とは何ぞやって所から始まるが、そう言った哲学的な事じゃなくて、もっと身近なモノで考えたい。
一番初めに触れる愛は親、もしくは家族。
その愛が、無くならない無償のモノであると知れたなら、その人の人生、大半は上手く行くのではないかと思われる程、基礎であり基盤であり、基本的なモノだと思う。
その愛を上手く感じ取れなかった、もしくは上手く愛されなかった、そういう人間は世間一般で言われている、人を上手く愛せない人達の可能性がある。
 
親、親族、友達、恋人...
私は、きっと愛されている部類なのであろう。
しかし親からの愛情は、大人になり、大人の事情とやらを理解出来る年になり、解っただけの事だ。
大人になり、幼少期の自分をよく見つめ返す。
そうすると、自分への不憫さで泣けてくる事が多々ある。
セックスをして、生まれる。
そこからまず、何だか可哀想だ。
消えてしまいたくなる。
男は女を求め、女は男を求める。
そこに生まれしモノは、仲間外れではないか。
一体、新しい生命体を誰が求めたと言うのだ。
本能なのだろうか...
だとしたら、私には持ち合わせていないモノなのかのしれない。
きっと理解する事が出来ないであろう。
 
本能に従ったとすれば、男と女が偶然生み出した新しい生命体は、至極当然の様に愛される。
そちらも本能と言う言葉で片付ければ問題は無いのかもしれないが、その本能が解らないから困っている。
そもそも、そんな簡単に愛が芽生えて良いモノなのだろうか。
男女が、目を背けたくなる様な行為をし、さぞ、美しいモノを見るかの様な視線で妊婦を迎える。
私からすれば、その視線は臭いモノに蓋をしただけにしか思えない。
やがて一通り醜態を晒した母体と呼ばれる生命体は、新しい生命体を産み出す。
その喜びは、人間の遺伝子レベルで植え付けられているモノなのであろうか。
産んだ母体、子種の雄、取り巻く人々までもが喜ぶ。
...本能と言う名の演技なのであろうか。
私は解らない。 
本当に美しい事なのであろうか。
本当に喜ばしい事なのであろうか。
新しい生命体を作り、産み出してみないと解らない事なのであろうか。
 
人が生まれる要因は、男女間におけるセックス。
人の原点なのであろうか。
しかし何故だ。
そこで新しい生命体が生み出され、そして何故人は至極当然に愛すのだ。
そんなにも簡単に愛も生まれ、だから簡単にも愛は消えるのであろうか。
 
私は女と言う部類に抽選で生まれた。
そして、遺伝子レベルで植え付けられている本能とやらに従えば、やがて新しい生命体を産み出す。
そしてそれを愛す。
本能があれば...
抗う気は無い。
いや、抗えないモノなのであろう。
寧ろ、それに従い流れる様に生きる事が、自然の道理なのかもしれない。
 
私は、突如として作り出され、生まれる生命体を簡単には愛す自信が無いのだ。
愛はそんなにも軽薄なモノでもないと思っている。

これは冒頭で記した、人を上手く愛せない人達、の部類に自分も入ってしまうからなのだろうか。
 
もし、何らかの間違いで私が新しい生命体を産み出し、その子種、要するに私を愛した雄が至極当然に新しい生命体を愛したら...
私は永遠に、新しい生命体、そしてそんなにも簡単に愛を向けた雄を憎み続けるであろう。
 
以上