頑張ってる人は、カッコいいです。
歯ぁ食いしばって、信念のある目をギラギラさせて、一生懸命働いて、泣いたり笑ったりできる人。
そんな人を歯ぁ食いしばって支える人たちも、またカッコいいです。
そんな日本人たちが、かつての日本国を支え、育て、デカくしてくれた訳です。
世界初の核兵器の標的となり、無念のうちに、または何も分からぬうちに亡くなった方々に、合掌。
これからの日本にもまた、カッコいい人たちが生きてくれることを祈ります。
僕もカッコ良く生きなきゃあならんと思っております。
今朝はただ一心に、原爆慰霊碑の方角へ黙祷しました。
大学の頃驚いたのは、1945年8月6日に何が起きたのか すらロクに知らない大学生が居たこと。
それも、わんさかと。他県の、とりわけ関東の人々にその傾向が強かったようでした。
「広島県や長崎県だけ」の平和教育じゃあ、ダメなんじゃないかという気持ちが起きたのは18歳になってしばらく経ったその時でした。
身内に被爆者が居たことは、僕の場合そういう意味ではアドバンテージで
祖父から、祖父の義理の兄の経験や、出征した曾祖父の経験を、折りに触れて聞かされてきた僕は、いまの子供たちに、割と語ることはできると思うのです。
—起立してっかりと目を閉じ、黙祷——