高円宮殿下がご存命の頃、一度だけ同じ床(舞台)に立ったことがある。
国際チェロアンサンブル協会の千人チェロだった。
レセプションも参加されて、軽く皆と飲んでらしたと思う。
当時僕は高校生。ビール片手に談笑する宮様ってすごく気さくな紳士なんだという印象を抱いたのを覚えてる。
というか、わーお、殿下と同じ舞台に立っちゃったよウヒョー
みたいに変な高揚感だったような。
当時は承子女王も絢子女王も、学生であられた。背がちっちゃい子と背が高い子が、テーブルの近くに立ってらした。
大人だらけのレセプション。着慣れない背広姿だし何故だか妙に緊張してて、話しかけることもできなかったけど
そこに居られたことはなんだか、とても良い思い出なので、多分ずっと覚えてる。
自分にとっては、とても皇室を身近に感じる体験だったのだと思う。
それから皇室に興味が出てきて、ちょくちょく宮内庁のホームページなど見るようになった。
と、その翌々年だったか高円宮殿下が亡くなられたと速報が入った。
心室細動。
このことは、日本でのAED(除細動器)の爆発的な普及のもととなったようだ。
日本中のあちこちに、赤い箱が取り付けられ始めたのはこの年からだ。
数年後。
また神戸で、千人チェロが開かれた。
殿下の姿は、そこにはなかった。
第12パートのトップサイド。名前を知っている人が居なくなっているのはショックだった。
今度こそ近くで弾けると思ったのに。