わたくし、二次元の女の子のほうが劣情を催しますものですから、生物としてはとっくに終わっているのかもしれません。

ある者は生物的衰退と呼び、またある者は進化と呼びます。

記号萌え論にもつながってくるのですが






↑極論すればこれだけでドキドキの対象にできるかもしれません。

や、待てよ


・ ・

x

Ψ

こうかな


ひどく乱暴な言い方をすると一定の要件を満たし、かつある種の黄金比を成す記号の集合体であれば既にそれは「俺の嫁」なわけです。すごい。


さて、東京都議会はまた乱れておる様ですね。
何でも、非実在青少年という文言をなくして、実質はまた表現規制・焚書奨励といった内容の条例案を提出したとか。

いつも思いますが、なぜ

規 制 賛 成 派 の 人 は 議 論 の 場 に 出 て こ な い
のでしょうね。


あ、当然かぁ
論破されるのが分かってますもんね。
しかし、ただの感情論でも枠組みを一度作ってしまったらあとはなし崩しです(次の表現規制は暴力表現ですか?犯罪表現ですか?法案化ですか?)から、都民で無くとも断固反対です。
しかし、反対派と賛成派が平行線になっているのは互いに話を聞こうとしない部分もあるのでは、とも思います。


●マンガ、アニメは現実社会に影響を及ぼす?

記号とはそもそも、言語以前に社会の発達過程で現象・状態・信仰・数量・意思などを伝達する手段として出現した発明で、ラスコーの壁画の例を見ても、ボノボやチンパンジーを使った実験で数十種の記号が認知されたことからも、類人猿の頃からヒトは記号を用いてコミュニケーションを取っていたのだろうと考えることは自然な発想であります。

そして、現代にいたるまでの長い時間を経て絵画、書道、カリグラフィ、マンガ、アニメ、映画、etc.と、視覚芸術の発展は実に多岐に渡り文明の発達に寄与してきたわけです。

 なお、マンガやアニメは芸術として認めないヒステリックな意見は今のところ無視させていただきます。人の感情に作用する表現手段を芸術と呼ぶなら、マンガやアニメなども十分内包されます。

 で、大義の二次元文化は現実社会に影響を及ぼしてきたか
といえば、嗜好によってイエスでありノウなのです。コミュニケーション手段であった絵や文字が、物語や空想の表現手段として昇華され、日常生活と切り離された今のところはノウと言えますが。
または、どのような本でも描いてあることは全て正しいと思いこむ子どもや原始人にとってはイエス、といえるでしょうか。

しかし、狭義の二次元文化…現代槍玉にあがるのはさしずめ、成人指定マンガといったものでしょうか、それらが害書とされる要素が、今ひとつ弱い気がします。

まず、青少年への間違った性知識という点で

そもそも青少年が成人指定図書を手に入れられる環境を、身分証の提示など販売段階で規制すればよいだけの話で、わざわざ行政がでしゃばる場ではなかろうと思います。
ゾーニングを高める旨の書類の一枚でも回せばいいだけの話ではありませんか。


次に、「自分は大丈夫だけど子どもが読んだらどうすんだ」という方。
ごもっともですが、じゃあなんで自分は大丈夫といえますか。
自分以外を見下しすぎてませんか。
あなたが大丈夫なら、たいていのガキは大丈夫なんじゃないっすか。…おっと。



現実に極度なツンデレの女性が居たとして、鬱陶しいだけではなかろうかと思いますしね。




●実在しない近親相姦

さて、近親相姦はタブーでございますな。
もしも娘や妹に実際に手を出すような輩が目の前にいたら、嫌悪感を禁じ得ません。


紙とペンを用意して、針金人間を描いてみましょう。

円を書いた下に線を引き、手足を表す四本の線をそれぞれ書き足したものがなんとなく人間に見える。僕自身、よく描く棒人間の典型例ですが、当然そんな針金人間は存在しません。

針金人間の隣に、少し小さめの針金人間を描きます。

さあ、ページをめくって。今度は小さな針金人間の上に大きな針金人間が覆い被さって腰を振る絵を描いてみましょう。







…できましたか。


おめでとうございます。
新しい都条例案では、その時点であなたは犯罪者になります。








バカバカしいと、思いませんか?