「国際協力」
という言葉のイメージは果たしてその実状と一致しているのだろうか。


例えば
「アフリカの貧しい国」

と聞くと、
失業率が高くて
食べ物もなくて

援助が必要で
先進国が助けてあげなきゃ


と思っちゃう人が多いんだけど



ちょっと考えてみれば違ってくるはず。

「助ける」
って考えは上から目線で現地に行くと必ずしも生活にそぐわない考え方なのだ。


例えば、ある国で子どもたちが貧困の煽りをくらって
毎日何万人も歩ける歳になる前に死んでる。
生き残っても物心ついたら少年兵になっちまう。

じゃあ親に働く気がないのか?
違う。

一因には紛争が続いていて企業が参入しにくい。

働きたくても仕事がないし、工場や農場を作って働き口を作っても蜂の巣にされるとしたら働くことが出来ない。



日本の若者より働く意欲も能力も高いアフリカの若者たちは、自分の国で仕事無いなら外国に出稼ぎに出ている。


そらもう日本のニートなんかより労働意欲は遥かに高い。

技術者のレベルも高い。
日本で動かなくなった車が安値で輸出されて行けば、現地の車屋の手によってフルレストアが施され、逞しく走っているのを見ることができる。


日本の放送が地デジに切り替わって古いテレビを輸出すれば、現地の電器屋がハンダでコツコツ改造して完璧に映るテレビに生まれ変わる。

日本の電器屋が失いつつある技術屋魂は、途上国で確かに生きている。

話がそれたが、「助ける」とか「援助する」考え方で国際協力に臨むと

経済支援とか医療支援、農業支援や技術支援
場合によっては「ナントカ支援」と名の付く一方通行しか思いつかないおそれがある。


もしも、日本含め紛争の現実を知らない国の子どもたちが「協力=支援」みたいな貧相な想像力で大人になっていったら?

本当に経済的に自立しようとする相手国をかえって妨げる可能性が生まれる。

そんなの協力とはいえない。



僕は募金をしている。
でも、それが根本的な解決になるとは思ってない。

大企業のお偉方には是非とも考えて頂きたいところだが

慈善事業としてアフリカをダシに使うのでなく

国際協力は対等な立場でのビジネスとして捉えるべきだ
という考えを僕は支持したい。

彼らは貧しい国に住んでいるが、安い賃金でコキ使う馬車馬なんぞでは勿論無い。

むしろ途上国は優秀な人材バンクとして見ていくべきだ。