“今日という日のつれづれなるままに” | “終末の雨は涙色”改め“再生への風”

“今日という日のつれづれなるままに”

「彼はついに〈告発〉の言葉を語らなかった。彼の一切の思考と行動の根源には、苛烈で圧倒的な沈黙があった。それは声となることによって、そののっぴきならない真実が一挙にうしなわれ、告発となって顕在化することによって、告発の主体そのものが崩壊してしまうような、根源的な沈黙である。強制収容所とは、そのような沈黙を圧倒的に人間に強いる場所である。そして彼は、一切の告発を峻拒したままの姿勢で立ちつづけることによって、さいごに一つ残された〈空席〉を告発したのだと私は考える。告発が告発であることの不毛性から究極的に脱出するのは、ただこの〈空席〉の告発にかかっている」(石原吉郎『望郷と海』)。放送中のヴィクトール・フランクルの特集を見ていて気になりネットを渉猟する中で再会した一文だ。詩人らしくと言っていいのかどうかは分からないが、正直即座にストンと理解できるものとは言い難い。それどころかある意味そういう安易な理解のようなものを敢えて拒絶しているようなふしもある。意味深長な表現だ。そこで、これへの解釈はともかくとしてこれと再会したことでふと脳裏に浮かんだ映像について少し考えてみたい。それは被爆体験の伝承の取り組みについてのものだ。実体験者が次々に他界してゆく中、危機感がつのって若い世代への語り聞かせに力を入れているといった内容だった。私は個人的にこの取り組みに若干の疑問を覚えている。風化させない!忘れない!はいい。とんでもない大惨事が老若男女を問わない大勢の一般市民を襲ったのだ。後世に伝え、決して忘れてはならない!という気持は分かる。だが、どうしてもそれに隣接してあるべき想像、この国が先んじて核爆弾開発に成功して勝敗の帰趨が全く逆ものだったら今私たちはこの原爆投下という大問題とどう向き合っていたのだろうか?ということだ。歴史を語るのに仮定の話は禁じ手という作法は分かる。だが、いつまでも被害者側の立場だけで語りつづけているのは如何なものだろうか。今私が言っているような観点があったからこそあの碑文には主語がないのではなかっただろうか。原爆がもたらす残酷な被害が甚大であることは明らかだろう。だから原爆の正否を超えて戦争そのものへの警戒を怠るべきではないという主張も当然だろう。だが、実際問題非力な庶民大衆が迫る戦争の気配に強い危機感を抱き街路に出て戦争反対の訴えたところで流れが変わったりするものだろうか? もう一度問いたい。戦争体験の語り聞かせという活動の意味は一体どこにあるのか!?と。原爆死没者慰霊碑の碑文に主語がないという事情はどこか冒頭の石原の一文を思わせる。それは特定の国の国名であるべきだという意見も根強い。だが、そういう次元で練られた慰霊の祈りや誓いの言葉ではないことは明白だろう。「そして彼は、一切の告発を峻拒したままの姿勢で立ちつづけることによって、さいごに一つ残された〈空席〉を告発したのだと私は考える。告発が告発であることの不毛性から究極的に脱出するのは、ただこの〈空席〉の告発にかかっている」。これも全くの見当違いかもしれないが、連想は西田の「絶対矛盾的自己同一」へと向かう。われわれは起きてしまった、あるいはそう結果してしまったことだけを根拠や砦としてものごとと向き合うことには警戒的であっていいのではないか、ということだ。それのみか、私たち自身が残忍な虐殺者あったということも忘れるべきではない。だが、この立場からの伝承・・・いやそもそもその事実や記憶そのものの検証があったのだろうか? どうだろう、この地点から見るとき、凄惨な被害状況だけを殊更に伝承しようとする態度には問題があるのではないだろうか。慰霊碑のあの碑文はなにも原爆に限ったものではないはずだ。戦争そのものを繰り返さないという決意でなかったら意味などないだろう。くどくどしい説明は必要だろうか? 私は前々回、日常的な敵対と戦いみたいなことを言った。足元の小さな諍いをどうにかできなくてあの戦争を止めることが可能だろうか? 戦争は端的にわれわれヒトという生命種の生命力とそれがその本質として付随させている激しい衝動性の延長としてあるものだ。われわれに求められているのは現実政治レベルにおける力学的駆け引きや政治手腕などの次元でどうにかなるものななんかではない!ということだ。

 「空席」とは一体なにを指し示すのか? それを真剣に考えるところからしか未来は始まらず、今の悲劇を止めることはできないのではだろうか。人ひとりの生命の尊厳と国益なるものとは激しく激しく乖離し対立している。地下壕で再会した二人の若者に伸ばされるべき手は一体誰のものであるべきなのか!? 

 フランクルのロドセラピーはその平明で分かり易いところだけではなく、その有効性においても見るべきものはあると個人的には思っている。一つ引っかかったのは「超意味」ってヤツだ。どこかソクラテスの切り札「神」を思わせる。あるいはシャルダンの「オメガポイント」。ここで言われる「意味」は、「価値」や「目的(目標)」などと微妙に異なるニュアンスを持っている。役に立つとか得をするみたいな次元にはないのだが、面白いことに妙に「自己満足」みたいな意地悪な見方さえ許しかねないところもある。だが、そこをしっかり支えるのがこの「超意味」だ。有無を言わせぬ気配がそれにはある。どこまでも中途半端な存在でしかないわれわれヒトが問う対象域をはるかに超える異次元にそそり立つものの気配だ。疑うことを絶対に許さぬ完璧にしてゆるぎないものの気配。だからこそ、どこまでも相対的でしかないものが支えられるのだろう。それはある意味聖母の掌のような気配さえ漂わせる。ここで私の思いは二つの観念に突き当たる。慈悲と救済だ。われわれには結局これが絶対不可欠なのだ、ということではないだろうか。石原が行き着いたのも似通った場所ではないかと思う。ゴールなどない! ただ問いつづける柱がすくと一本立っていること。そこにはきっと決して諦めない!もあるだろう。「人間だ、どうせまた同じ愚を繰り返すに決まっている」と斜に構えることもできる。だがそれができない。それほどの体験だったのだということではないかと私は思っている。石原は、フランクルの言葉になぞらえてこういうことも言っている。「最もよき私自身も帰ってはこなかった」。決して以前には戻れない自分。しかしそれでも、フランクルはこのさらけ出された現実に向かって「イエス!」と言いつづけると言っている。正直私には難しい。あまりにも酷いことが起き過ぎている。私はこの世界とはそういうものなのだと思っている。われわれの条理の感覚など嘲笑われるだけだ。念の入ったことにその腹立たしい嘲笑いの主さえ不在なのだ。立ち竦むしかない。われわれが願う慈悲と救済は一体どこから降り注ぐのだろうか。一つ言えると思う一事はある。なにごとにも終わりはある、ということだ。われわれは永遠の今を生きていて、今は絶対的に不可逆な持続なのだ。そして生命には限りがある。苦しみの中で今を貪るように味わう。案外そういうささやかな一瞬にこそあの神なるものは宿っているのかもしれない。酷いことがつづいている。非力なわれわれにできることは限られて・・というよりほとんどなにもない。さいごにまた思い出しおこう。“その「空席」を告発する!”。 合掌。