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旧約聖書はユダヤ教の聖典である。しかしキリストが新しい教義を唱え民衆の心を掴み始めた。これに危機感を抱いたパリサイ人は当時の総督ポンテイオ・ピラトに訴えた。 イエス・キリストは、神の国の福音を説き、罪ある人間を救済するために自ら十字架にかけられた。しかし3日後に復活して天に昇って行ったものと信じる。その多く(正教会・東方諸教会・カトリック教会・聖公会・プロテスタントなど)は「父と子と聖霊」を唯一の神(三位一体・至聖三者)として信仰する。

聖書にある数々の預言、過去の預言者がその時代々々に登場し未来のことを預言した黙示録等が的中してきたという事実だろう。前述したように、聖書学者のサムエル・テリレンは旧約聖書が書かれたのは紀元前1000年から397年頃だといっているが、その旧約聖書はずっと後で登場するキリストの出現を預言していたのだ。つまり、旧約の時代に、新しい救世主の誕生をすべて預言していたのだ。 キリストの誕生は紀元前4年-前7年の諸説あり。(当初キリスト誕生の年を紀元の元年としたが、誕生年が後から間違いと気付き訂正されている。)そしてキリスト自身の言行録を含む神との新しい契約としての「新約」を最重要の聖典とするものがキリスト教となった。 ミカ書にはメシアがユダヤの「ベツレヘム」に降誕すると預言し、イザヤ書にはメシヤの十字架の死と復活が預言されていた。(イザヤ書53章)
ここではダニエル書の内容を詳しくみて見よう。旧約聖書の「ダニエル書」にはメシヤが来ると預言している。(ダニエル書9・2427)ダニエルは旧約の預言者で紀元前6世紀頃の人で、バビロン捕囚中の作がダニエル書といわれている。(諸説有り)

聖体; キリストが最後の晩餐のとき、「これは我が肉であり、我が血である」といって、パンと葡萄酒を使徒たちに分け与えたことは有名である。このことにちなみ、ミサの終盤

で、信徒たちは「キリストの体と信じますか」とたずねられ、「信じます」と答えてパンをいただく。このパンを聖体と呼ぶ。ちなみにこれは種(イースト菌)を入れずに焼いたパンである。 「人の体を食べるなんて残酷な」と思う方もひょっとしたらいるかもしれませんが、これは、「キリストの教えが身体の中ではたらくように」という意味がこめられている。

「人はパンのみにて生くる者に非ず。人は神(エホバ)の口より出る言葉によりて生きる者也りと汝にしらしめんが為なり」(申命記8章3節)