柳ジョージが腎不全のため63歳で死去 | BIRKENHEAD ERKY 旧ブログ 2006~2013
柳ジョージが腎不全のため63歳で死去
 
ロック・シンガーの柳ジョージが10月10日、腎不全のため亡くなったことが報じられた。享年63歳。
横浜出身の柳は大学在学中にギタリストの陳信輝らと共にパワー・ハウスを結成し、69年に『ブルースの新星~パワー・ハウス登場』でアルバム・デビュー。同バンドが70年に解散した後は、ザ・ゴールデン・カップスにケネス伊東の後任ベーシストとして加入。カップスの活動と並行して、陳のソロ・アルバム『SHINKI CHEN』やストロベリー・パス、フライド・エッグといったプロジェクトに参加するなど、多くのニュー・ロック系の作品に関わった。75年には自身のバンドである柳ジョージ&レイニー・ウッドを結成し、77年に発表したソロ・シングル“祭ばやしが聞こえるのテーマ”のヒットを経て、78年にバンドとしての初作『TIME IN CHANGES』をリリース。その後“雨に泣いてる…”“微笑の法則”といった人気曲を次々と世に放つも81年に解散。以降はソロ・シンガーとして活躍し、多くの作品を残した。
謹んで故人のご冥福をお祈りいたします。
 
 
 
 
【訃報】柳ジョージ
 
ブルース/R&Bをルーツにしたサウンドで人気を博していた柳ジョージさんが病気のため亡くなられました。享年63歳。

1975年、柳ジョージ&レイニーウッドを結成し、ブルース/R&Bをルーツにしたサウンドを確立。当時まだめずらしかったそのサウンドは人気を博した。

81年の日本武道館で柳ジョージ&レイニーウッドは解散、わずか6年ほどの活動期間でありながら、「雨に泣いてる」「FENCEの向こうのアメリカ」「さらばミシシッピー」等々数々のヒット曲を世に送り出しました。

その後ソロアーティストとして活動、レイ・チャールズとのジョイントコンサートを行うなど活躍をみせてくれた。

2005年には柳ジョージ&レイニーウッド再結成。その後フジロックフェスティバルに出演、その圧倒的なステージングで新たな若いファン層も獲得。
その素朴な人柄と骨太で本格的なサウンドで多くの支持を集め、また同業のミュージシャンや芸能人に熱烈なファンが多かったことでも知られていました。

日本の音楽シーンに偉大な足跡を残した柳ジョージさんのご冥福を心よりお祈りいたします。