『ピローマン』

@新国立劇場 小劇場

2024/10/20(日)13:00



※以下、内容に触れています。





B席3,300円で観劇。破格。
小劇場をセンターステージにして使っているので、どこから観ても本当に近いと思います。B席はサイドバルコニーでしたが、見切れもほとんどなく快適でした。(強いて言うなら新国立劇場の椅子はお尻痛くなるのが難点。エアウィーヴ座布団も置かれてるんだけどね)

成河さんが最初から最後まで出ずっぱりで、物語を語り、物語のために語り尽くす。
贅沢だった〜!
しかし超疲れた。3時間弱のストプレを頭フル稼働で浴びるの、だいぶ脳疲労がきます……

いわゆる暴力や犯罪描写等々に対するトリガーアラートがフルコンボで、正直チケット取るのに怯んだんだけど、個人的には大丈夫な作品でした。
…ですが、大丈夫だったことが、この作品に私が今ひとつハマりきれなかったことに繋がっている気がします。

架空の独裁国家が舞台。作家のカトゥリアン(成河)と知能障害のある兄のミハエル。カトゥリアンの書いた物語に酷似した子どもの連続殺人事件がおこり刑事に取り調べを受ける中で、弟も連行されており弟が自身の犯行を自白したと告げられ……という話。

『この作品はフィクションです』と、冒頭と終幕の際に大きく表示されていたかのような印象がありました。
あくまでも架空の兄弟、刑事、両親、少女、そして架空の物語。

言論統制や、書物や物語の価値とそれを残すということ、幼児虐待や虐待された子どもの成長後について…などなど現実にも通じるようなテーマが散りばめられているのだけれど、ずっとどこか絵空事の手触り。

でも、作中で語られるように「物語に意味なんかない。が、物語の受け手が何を思い考えるかは自由だ」というところに通じている感じもあるので、たぶんこの作品の意図するところはこれで合っているのかもしれません。

陰惨なシーンや残酷童話のようなショートショート作品が無数に展開されますが、その中にいる兄弟や刑事は不思議と妙な愛嬌というか「おかしみ」があって、クスリと笑えてしまう場面も度々ありました。
兄弟や刑事2人の関係やキャラクターは今風なところも感じられ……でもこの作品でキャラ萌え的な視点で楽しむことはできないし…うーん…
成河さんの芝居は好きだけど今回のキャラクターは彼のいかにも得意とするところという感じで意外性には欠けていたかな。

カトゥリアンが残酷で捻りのきいた物語ばかり書くようになったことにも理由があって、それが「両親による実験」なんだけど、両親がそんなことをした理由は語られない。常軌を逸したことは、ただ事実として物語のピースとしてそこに横たわっている。
よくできた脚本だと思ったけど、作中作は様々な創作物に触れてきた人間には今はどれもどこかですでに聞いたことのあるような話に感じた。タイトルであるピローマンもそう。成長した先で絶望的な出来事がおきる未来がある子どもに前もってそれを知らせて先に自死を選ばせる、みたいな。
胸糞悪いっすね………
ああ、そうか。私は単純に気分が悪くなる話を必死に語り、それを後世に残したいと必死になるさまを見るのがキツかっただけなのかもしれません。

物語から何を受け取るかは自由なので。
比較的評判もよく、面白く観た人もきっと多いと思います。

纏まりませんがこのへんで。