「告白といえばそうかもしれません。わたしは折木さんに頼みがあるんです」
 わたしは正面を向いていましたが最初は折木さんを見れず、ウインナーココアの湖面に目を向けていました。でもこれではダメです。わたしは両腿のあいだで組んだ両手に力を籠め、目を上げて折木さんを見つめます。真剣なまなざしで、しかし根底には古典部で見せる明るさを失わないように。
「本当なら私だけの問題です。お願いできる筋合いではありません」
 わたしは間を開けます。それに耐えられなかったのか、あるいは常にないわたしの気迫に押されたか、戸惑いの言葉を吐きました。
「そ、そうか…」
「だからまずは、話を聞いてくれませんか」
「話してみろよ」
「はい」
 わたしは思い出を言葉にするため、折木さんから視線をはずしたのです。でも折木さんの視線は絶えず感じます。顔、首、胸。そして気まずいと思ったか再び顔。折木さんがわたしを女として意識しているのを感じながら、折木さんを本当に好きになっている未来を想像しながら、わたしの思いを語り始めたのです。
「わたしには伯父がいました。母の兄で関谷純といいます。十年前にマレーシアに渡航し、七年前行方不明になりました」
 そしてわたしは伯父によくなついていたこと、伯父はわたしのどんな質問にも必ず答えをくれたと、結果的に少し感傷的に言っていました。
「それは大したものだ」
「博識だったのか、それとも弁の立つ人だったのか」
 わたしは折木さんに笑顔を向けたつもりです。
「いまとなってはわかりませんけど」
 折木さんは後日、寂しい表情だったと教えてくれました。
「それで千反田、頼みというのはその伯父、関谷純の捜索か」
「いえ折木さん、わたしが頼みたいのはわたしが伯父から何を聞いたかを思い出させて欲しいんです」
「うん?」
 暫く間がありました。わたしが何を言ったか理解するのに、少し時間がかかったようです。
「無茶苦茶だ千反田。お前の思い出を俺が見つける?」
 そしてこう続けられました。
「知りようがないだろう」
「すみません先走りすぎました。思い出したいことはただ一つです」
 そして言い足したのです。
「古典部のことです」
 折木さんが目を見張りました。折木さんも地学準備室での出会いを反芻したはずです。わたしはまた目を伏せ、思い出すままに折木さんに告げていきます。
「わたしは幼稚園児でした。どういうきっかけだったか、わたしは伯父がコテンブだったと知りました。園児です、わたしは家にあったお菓子スコンブに語呂が似た、伯父のコテンブに興味を持ちました」
 わたしは折木さんが目の前にいるのをわかりながら、その視線がわたしのどこを見ているか感じながら、その外からの情報を無視するように記憶を言葉にしていきます。
「わたしは伯父にコテンブの話をいろいろしてもらいました。でもある日、わたしがコテンブについてのなにかを伯父に尋ねた時、妙に返事を嫌がっていたように思うのです。わたしは随分駄々をこねて伯父は渋々答えてくれたのですが。その時わたしは…」
「お前は?」
「泣きました」
 やっぱり私の感情は寂しくなってしまいます。思い返すことはあっても他人に告げることは滅多にない、悲しみと後悔が詰まったわたしの思い出。でもそれを告げる相手が現れ、内省のわたしを晒すことが出来たこと、嬉しくもあったのです。
「恐ろしかったのか悲しかったのか、大泣きしました。母が飛んできたそうですが、それは覚えていません」
 ちょっと視界が滲んできました。わたしは敢えて目を上げ、潤んだ瞳で折木さんの顔を見ます。
「覚えているのは伯父がわたしをあやしてくれなかったことです」
「ショックだったんだな」
 同情の言葉です。
「そうだと思います。ですがずっと後になって、中学生になる頃に気になりだしました。伯父がなぜ答えを渋ったのか、あやしてくれなかったのか」
 わたしは一呼吸を置きます。そしてまた項垂れたのです。
「折木さん、どう思いますか」