わたしはメニューを見て、注文を取りに来てくれたこのお店のマスターに、
「ウィンナーココアをお願いします」
と注文しました。
「素敵なお店ですね」
話のきっかけ作りとしてわたしは限られた場所から柔らかな光が入る、座る人がそれぞれのテーブルに集中できる店構えを気に入ったことを告げました。しかし折木さんの反応は、
「ウインナーココアか…」
「どうしましたか折木さん?」
「よくそんな甘いもの飲めるな」
「女子ですから」
「男、女は関係ないだろう」
わたしの持論を言う前にちょっと反撃します。
「折木さんは何を飲んでますか」
わたしの父が家で使っているコーヒーカップより小さい、それでも半分も残っていないカップが折木さんの前にありました。
「キリマンジャロだ。酸味が効いてうまいぞ」
「わたしはコーヒー苦手です」
間髪を入れず、わたしは話題を変えました。本題への準備として、助走を得るためです。
「折木さん、子供のころ、小学校の高学年よりも小学年、一日が長かったのを覚えてませんか?」
「そうだな、俺も小さい時はエネルギーが有り余ってた」
これは耳寄りな情報です。折木さんが省エネ主義になった切っ掛け、気になります。でも心の傷だろうから、折木さん自身もしかしたら忘れてるかもしれないそれを無理に思い出させることもないともわかりました。ですから横道にそれることなく論を進めます。
「でも成長するに従ってどんどん時間が早く感じられる」
「経験則だな」
「それを科学的に解明しようとする研究があるんです」
「詭弁だ。感覚をどうやって研究する」
「そうですね」
わたしは敢えて笑顔を向けます。そこにウインナーココアがやってきました。わたしはスプーンで生クリームをつぶした後で一口飲み、身体の大きさと放熱に話題を変えました。そのやり取りも詳しく物語ると小説としての焦点がぼけてしまいます。ただ折木さんは『ゾウの時間 ネズミの時間』からの受け売りのわたしの説明に驚いてくれたようでした。
「体積と表面積の問題か、でも成長してからは当てはまらない理論だぞ」
「そこで心臓の鼓動が出てくるらしいんです」
わたしは少し多めに飲み、その甘さを堪能します。
「千反田!」
「はい」
「こんなことを言うために俺を呼んだのか」
わたしはとぼけます。
「ここを指定したのは折木さんですよ?」
「帰る!」
「待ってください!」
わたしもちょっと意地悪です。相手を振り回すような冗談のような態度、折木さんが怒るのも無理ないです。でもこの折木さんの反発でわたしも自然に真面目な態度をとることが出来ました。反発がなければわたしが自分から真面目をしなければならず、途中で学校での古典部部長としての態度に変わる不安があったのです。
「ごめんなさい、わたし、緊張しています」
笑顔で言ったつもりでしたが少し引きつっていることも自覚していました。その無理しているわたしの表情をご覧になり、折木さんは元の席に座ってくれたのです。
「緊張? 告白でもするつもりか?」
福部さんを真似たジョークのつもりだったのでしょう。そして、
「誰が折木さんに恋なんかしますか」
軽いわたしからの返しでこの場を笑いで納めたかった。でもここは学校ではありません。喫茶店のテーブルに向かい合っている男の子と女の子。女の子の方はレースのワンピースにピンク系のカーディガンを羽織っただけ。目一杯お洒落をして好きな人に告白すると思われても無理はないと、この時思いついていました。そんなわたしの思い詰めた表情に耐えられなかったのでしょう。
「コーヒーをもう一杯」
そしてわたしは覚悟を決め、話し始めたのです。