わたしが行動を起こしたのは愛なき愛読書の件が解決した一方、肝心の古典部のバックナンバーの手掛かりがないとわかって落ち込んだ気持ちで玄関口へ行く道すがら、廊下をわたし、折木さん、福部さんの古典部の三人、そしてすぐ後に古典部に入ってくれる摩耶花さんと歩いてる時です。わたしは福部さんと摩耶花さんを前に歩かせ、お二人の目を忍ぶようにその後にわたしと折木さんが歩くように仕向けたのです。もともと福部さんは摩耶花さんからアタックされてるし、わたしは折木さんを行動的にさせるいい薬とお思いになっているみたいで、特に苦もなくお二人を先に行かせることが出来ました。そしてわたしは福部さんと摩耶花さんが話に花を咲かせている姿を確認し、折木さんに顔を向けて呼びかけたのです。
「折木さん」
「何だ?」
「今夜、電話してもいいですか? ちょっとお話したいことがあって」
「えっ…」
 わたしは笑顔を向けていたと思うのですが、折木さんは驚かされたようです。今から考えれば無理ないかも知れません。女の子の方から夜に電話をする約束を取り付けようとするなんて、色っぽい話と思われても不思議はないです。でもこの時のわたしは「一身上の都合」の話を折木さんにするため、わたし自身の退路を断つために段階を踏まなければと焦っていたのです。わたし自身の問題にかまけて、折木さんを慮る余裕を失っていました。
「立ち話…下校途中じゃダメなのか?」
「はい、すみません」
 折木さんはわたしを不審げな目で見ていました。わたしは折木さんの前では見せたことのない真面目な眼差しで応えます。
「ま、いいだろう。番号は、入部翌日に共有したな」
「はい、わたしも折木さんと福部さんの電話番号をその時知りました」
 そして玄関口で下駄箱からローファーを取り出す頃には、わたしは古典部の千反田えるに戻れていたのです。もちろん半分意識的にです。
 でもその夜、わたしが折木さんに電話した用件は、今度の日曜日、会っていただけるよう約束を取り付けるためでした。
「もったい付けてるな」
 折木さんから言われましたが、あの場で恥ずかしくて言えませんと答えました。折木さんは納得してくれたようで、
「午後一時半、喫茶店パイナップルサンド」
と指定してくれました。そこは二階建ての喫茶店でした。一階は民家にしては大きな窓が三つ並び、南からの日差しが奥まで入る作りになっているはずです。入口は真ん中の窓の真下、左右の窓の真下はちょっとしたテラスになって、庇が張り出していました。五月の中旬、折木さんは日光の下で待つという省エネ主義に反することはせず、柔らかな光が零れ落ちるように満ちている店内、入って右手のボックス席に座っていました。しかもわたしからすぐ顔が見えるように奥の席で。省エネ主義の折木さんでも早く来た方の義務として、ちょっとした気配りを出来る人と思って嬉しくなりました。そして折木さん自身、今回わたしがお話しすることに少しは興味を持っていただけていることに。ですからわたしはまず、素直にお礼を述べたのです。
「今日はお時間をいただき有り難うございました」
 多分、学生服の効果なのでしょう。学校の方がかえって気安くお喋りできるとこの時気づきました。折木さんは灰色の綿のシャツにGパンですが、わたしはクリーム色のワンピースにカーディガンを羽織った姿。今振り返ってみると折木さんとわたし、この待ち合わせへの気持ちがあからさまに表れた装いでした。