福部さんの話をお聞きしながら、わたしは折木さんから警戒されてると察しました。でもそれはわたしにとって嬉しいことだったのです。まさか自分のお姉さんが差し金とは思いもよらなかったでしょうが、「やらなくてもいいことならやらない。やらなければいけないことは手短に」という折木さんの思想信条を脅かす存在とわたしを認めてくれたこと、そしてそう帰結するだけの論理展開をなさったことに、わたしは嬉しくなったのです。ですから福部さんの独演会を余裕をもって楽しく聞くことが出来ました。
「やつらは実在する。活動目的は不明だしどういう生徒が入れるかもわからない。ただ俱楽部の名前だけはわかってる」
「…その名前とは?」
福部さん、弁が立ちます。気を持たせる間にわたしも半ば釣り込まれ、先を促す台詞を言ってしまいました。そのわたしの台詞に福部さんは得意げに答えてくれたのです。
「『女郎蜘蛛の会』」
「ジョロウグモ…」
仰々しい名前ですが、わたしの家の庭にもよく巣を作っています。よく目立つのはメスの方で、頭部は黒みがかって、腹部と八本の脚は黄と黒の縞模様になっています。そうした横やりを入れようとしたのですが、「巣を作っています」とわたしが言い終えてすぐ、わたしの話などなかったかのように福部さんは自分の話を続けたのです。
「田辺先輩は去年回収したメモを頼りに接触しようとした」
福部さんは得意満面、聴衆二人の講演に満足しているようです。
「でも上手くいかなかった。指定場所は空き教室だったけど鍵がかかってたしね。それで先輩は『女郎蜘蛛の会』なる団体は存在しないと判断したんだ。ところが」
福部さんは「ところが」を、若干ゆっくりと、自分に注目が集まるように焦らして告げたのです。次に告げるどんでん返しに否応なく興味が行くように。わたしも当然引き込まれます。
「卒業式の日、卒業生の一人が田辺先輩に言ったらしい。ぼくが『女郎蜘蛛の会』の会長だった。次期会長にもよろしくやってくれ」
劇的過ぎます。福部さんの話術がそうさせるのでしょうが、わたしも一瞬共謀されたことがどうでもよく思ってしまいました。すぐに騙された振りをしてるんだと思い直しましたが、福部さんのお話がどう結末を迎えるか、わたしは話題の映画を観るように期待してしまっていました。
「総務委員長になった田辺先輩はいずれにしても無許可展示物を許すつもりはない。今年もきっと募集は出ている」
そして福部さんはさも残念そうに嘆息したのです。
「でもわが総務委員会は各自気をつけてはいるものの、発見には至っていないんだ」
何とも尻切れトンボの話の終わりでした。でもこれくらいならわたしにも折木さんの真似事が出来ます。折木さんは出来レースをするんだと。でもなぜとなるとわたしには思いつかなかったのです。