「我慢できません。わたし、気になります」
「冗談だろ…」
「冗談じゃありません。わたし、怒ってます。なぜ今まで襲ってくれなかったのですか」
「そりゃ、千反田家のお嬢様。おいそれと身体を重ねるわけには」
 わたしは奉太郎さんの口を恋人として塞ぎました。わかっていました。奉太郎さんは簡単にわたしの身体を求められないことが。でもです、恋人宣言して半年、あの桜の下でわたしは折木さんの大事な場所をわたしの将来子供を宿す場所に感じ、折木さんもわたしのしっかりした大きさの胸をたしかに感じたはずなのです。ところがです。奉太郎さんはそれでわたしからの愛を確信して満足してくださったのか、それ以後キスは頻繫にしてきたものの、恋人つなぎはわたしから求めればしてくださいましたが、そこから先のセックスにつながる行為はしてくださらなかったのです。
 わたしもお母様も少し身構えていました。折木さんのお姉さんはそんなにがっつく奴じゃないと言ってくださいましたが、男は豹変するものだというお母様の忠告に従い、初めてのデートから避妊具を持って行ったのです。わたしは男の方と付き合うのは実質初めてで、恋人になってもわたしが引っ張っていかなければという責任から、初めてのデートは気疲れしてしまいました。奉太郎さんはそんなわたしを気遣ってか、この時だけは奉太郎さんの方から手をからんでくださいました。このことを帰ってお母様に報告し、折木さんのお姉さん、供恵さんの見立ては間違いなかったとお母様ともども安心したのです。
 そしてです。一か月や二か月ならわたしもこの恋を大事に育ててくださっていると頼もしく思うことが出来ました。でも三か月あたりから、七月に入り夏休みが目前になる頃になって、わたしは少し焦れてきたのです。いえ、奉太郎さんのわたしへの愛を疑う理由はありません。頻繁に千反田家に出入りしてコネクションづくりに勤しみ、家に所蔵してある古文書を含む膨大な書類、そして様々な関係者に取材して千反田家の現状を把握してくださっていました。もちろんわたしへの愛も、肉体関係こそとぼしかったですが千反田家ではいつも傍にいてくれと言っていただき、デートでは常に大事に扱っていただきました。
 でもわたしも女で牝です。そして奉太郎さんも男で牡です。わたしはつがいの恋人として、奉太郎さんの牡を味わい、わたしの牝を味わっていただきたいというどうしようもない劣情が、切羽詰まったものにまで成長してしまったのです。それをお母様に相談しました。お母様は困ったわね、オナニーで何とかならないのと言ってくださいましたが、正直もう限界ですと、はしないと重々わかっているのですが、自分の正直な気持ちを言ってみたのです。
「しょうがないわねえる、奉太郎さんを襲ってみる?」
「え、わたしがですか?」
「そうじゃなきゃ結婚までこの関係が続くわよ。えるは耐えられる?」
「…無理です」
「じゃあえるが仕掛けるしかないじゃない」
「それはそうですが」
「奉太郎さんを狼にしたいんでしょ?」
 わたしは頷くしかありませんでした。
「でも出来るだけ最後まではしないのよ? でもコンドームは持ってるんでしょ」
「はい」
「それは保険だからね」
「はい」
「でも」
「でも、何ですお母様?」
「たとえそれを使ってもえる、お母さんは怒らないから安心してね」
「お母様、有り難う」
 わたしはお母様に抱きつき、嬉し涙を流したのです。何て自分は恵まれているんだろう。この幸福と幸運を人のために使いたいと、自分の心に誓ったのです。