江戸と明治が混ざった世界観は私の『江戸あり』と似た企画趣旨。だから期待して観た第一話だけど、作画や演出、脚本の素晴らしいと思ったけど、くノ一は時代劇アニメの定番過ぎ、私の企画の方が目新しさがあると自惚れた次第。背広と和服の同居は明治の初期の常態だったはずだから、江戸幕府が残っている結果としては薄弱。勿論今後の展開次第だけど、だとしたら本作の作り手の臆病さを推察。作劇や物語り方は最初が肝心だから。
だから以下には私の『江戸あり』を論ずるけど、元々の企画趣旨は「時代劇の復権」であり、だから近代社会と江戸(近世)の混合を思いついたわけ。つまり時代劇が素晴らしいなら一層、現在の高度情報社会で素晴らしさを「実証」してみてはと。だから丁髷(ちょんまげ)頭と散切り(ざんぎり)頭の協同/協働を実写ドラマで妄想を。気を付けるのは江戸が「残った」原因の説明を避けることで、視聴者に「当たり前」と納得させる点。
二十一世紀の「江戸」を描写してから幕末をアニメにすれば、巻頭での字幕や語りの説明を省ける。しかし史実通りの対立構造で、結果だけが違うでは物語として面白いか? 「豊臣」が関わると面白いと思ったのでした。例えば秀頼や淀殿が大坂の陣で生き残り、匿われて生き繋いだ子孫が幕末に活躍するとしては? しかし世間の人気で薩長を圧倒したものの、実力組織を欠いたために幕府は江戸城に残って軍事組織への転換へ。
しかし大坂を拠点とする明治「政府」も独自の軍事組織を整備し、西と東の政権の対立は第二の「関ヶ原」を予感させ。というより双方に煽る列強が存在し、世間の予感を成就してしまう。結果として日本は本州の西と東で分割統治され、琉球は存続し、北海道アイヌはかなり広域をロシアの後押しもあって所有できることに。統一日本の機運は度々あったが宮中は関西なので対等合併を提案しにくく、結局在外邦人の政治力によって力づくで完遂した形。
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