驚いたのは科学の知見(Science)を活用した創作(Fiction)という意味で、SFの側面があること。また19世紀末からホームズシリーズが始まり、アガサ・クリスティーが1920年、『スタイルズ荘の怪事件』でミステリ作家になった後なので、ペスト菌の特質の解明で物語ることもできたはず。しかし大仕掛けを避けてSFらしさを排し、主人公リウーにあったはずの研究者の側面を排除したことて゜、連帯のレジスタンス運動の純粋な隠喩になってる。
圧倒されたので総論は避け、二点だけ今は言及。一つは小さい子供の犠牲者は神の意志か、という問題。実は『カラマーゾフの兄弟』でも言及されていて、ヨーロッパ人のキリスト者としての誠実さに驚いた箇所。もう一つは「2たす2の答えは?」という問いであり。実は中途で挫折した原作、日本では1986年に公開された映画の、『一九八四年』にも同じ問いが存在し。時期としては遅い出版のSFの方は、4と言える自由が剥奪され。
一方でSF未満の方は4と言うのは前提であり、問題は行動することという主張で。つまりスペイン内戦のオーウェルとフランスでのレジスタンス運動のカミュ、個々の体験による認識の差で、オーウェルは内戦による絶望から「絶望の未来/監視社会」を物語ったが、敵はナチスというレジスタンス運動に理があるとする証言者として、カミュは敵を人間以外に設定したと想像でき。つまり主題では『一九八四年』より甘いが、象徴された登場人物相互の物語は誠実。
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