その日、私はタッちゃんと堂々と痴話ゲンかをしてた。学校の廊下で、タッちゃんが南の弁当を盗んだもんだから。
「ほい。トレード成立」
タッちゃんが代わりに寄こしたのは自分が持ってきたふりかけ弁当。誰がこんなタッちゃんの手作り弁当と交換しますか!
「おたく、揶揄休部のマネージャーでしょ。エースの体力作りにご協力を」
ここで一年の時の南の台詞を蒸し返されるとは、しかし照準は来年の夏の大会だから、タッちゃんの言い分は説得力ない! だから南はあくまで取り返すべく、日差しが入る明るい廊下を走ってた。そしたらタッちゃんの前方、孝太郎くんの巨体。タッちゃんは南を向きながら走っていたから、南はぶつかった後の弁当箱の中身の軌跡を、スローモーションで視認したのでした。
もちん遅く感覚しても素早く対処できるわけもなく、
「あー」
と、嘆息するだけで。残骸を拾ったタッちゃんはふりかけ弁当とのトレードを申し出たけど、
「バカモノ!」
と一喝して拒否したのでした。
「大変だ、上杉!」
「当たり前だ! どうしてくれるんだ昼飯!」
そうそう、孝太郎くんも同意してくれるし。
「須見工が練習試合を申し込んできた」
――え?
「須見工?」
「そうだ上杉」
新田明男くんのいる須見工、今年の夏の大会で大活躍した新田くんのいる――。
「なかなか順番がまわってこない、甲子園準優勝の須見工みずから指名してきたんだ。これはえらいこっちゃで」
順番というより選んでいるとすぐに思った。だからわざわざ明青を指名したことに南もいっとき言葉を継げなかったっけ。切り替えが早かったのはタッちゃんの方。
「南、おまえのせいだぞ」
「え?」
「おまえが水なんてぶっかけるから、新田を怒らしちまったんだ」
「どうしよう」
と南が返したのは本気か冗談か分からなかったから。
「バーカ、冗談だよ。孝太郎、おまえもおまえだ。練習試合申し込まれたくらいでオタオタすんじゃねえよ!」
あれ、タッちゃんの意見、意外にまとも。
「試合をするのは九人。有名も無名もねえ。同じ高校生だぜ。堂々と受けて立ってやろうじゃねえか」
タッちゃん、新田くんの家に行ったことをこのときはあまり詳しく教えてくれなかったけど、弱いところのある人間としての新田くんを知ったんだと察することが出来たのです。とはいっても改めての、
「トレード」
というタッちゃんの宣言に南の評価は相殺されたのでした。
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