「タッちゃんは?」
その夜、勉強部屋で南と一緒に鉛筆を持っていたのはカッちゃんだけだった。
「フロ入って寝ちゃったよ」
しょうがないな、タッちゃんも。もうすぐ中間テストなのに。
「ビショ濡れで帰ってきたからね。ムリしないほうがいいよ」
「ビショ濡れ?」
「うん、傘持って行かなかったらしいんだ」
相合傘して帰ったはずなのに。
「なに、南?」
「ううん、別に」
南は怪訝な顔を悟られたくなくて、窓に目を向ける。
「だいぶ小降りになってきたわね」
南はちょうど集中力が欠けたと感じ、開けた窓枠に両の二の腕を載せる。左にやってきたカッちゃんと一緒だからか、小雨の音が優しく聞こえた。
「本当だ」
「よかった。あまり降られるとグラウンド整備大変だものね」
プロなどと違って業者がやってくれるわけでないから、グラウンド整備はレギュラーを含めた部員総出での仕事になる。当時の高校のグラウンドは大抵芝生がなかったからトンボで水をかき出そうとすると土も剝いでしまい、ベストなグラウンドに戻すのが大変だったのです。そんな述懐のあいだにも、どんどん雨足が弱くなる。
「中間テストがおわると、すぐ予選大会ね」
「うん」
「甲子園だぞ!」
南は檄を飛ばしたかったけど、軽い呼びかけになってた。
「とりあえず、一戦一戦」
「そうだね」
「ま、精いっぱい。なんとか」
謙遜なのか弱気なのか判断がつかなかったけど、南は、
「うん」
と軽く応じることができたのです。
「南、金かしてくれ」
あくる日のお弁当を食べ終わった昼休みの時間、御金を無心に来たのはもちろんタッちゃんだった。
「なんで?」
「ノート買うんだよ」
面白そうだから掛け合いを続けたくなった。
「なんで?」
「終わっちまったから新しいのを買うんだよ」
それでも私は憎まれ口をたたく。
「あ、ほんと。大変だったでしょ? それだけ落書きするの」
「ケンカ売ってんのか?」
もちろん! と言ってタッちゃん漫才をもう少し続けたかったけど、太い声の横やりが堂々と入ったのです。
「上杉! 昼休み中に部室のそうじやっとけってよ」
「はい、いってらっしゃい」
タッちゃんは何も取れずに退散したけど、親切な南ちゃんはすぐにタッちゃんの机に必要なものを忍ばせてあげたのです。ご満悦の南ちゃんだった。
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