ボーア夫人にエーレンフェストの最後の言葉を額面どおり受け取るべきだったと、悔やむ気持ちを伝えた。さらに夫であるボーアコペンハーゲンに留まらせるよう説得してもらうべきだったとも悔やんでいた。「起こってしまったことについて、自分自身を責めずにはおれません」。と結んでいた。ボーア夫人は慰めの言葉に満ちた返事で、「エーレンフェストの最後の日々を、悲しい気分を可能な限り楽しいものにするため、たいへん心を尽くしてくれた」。ことに感謝し、「あなたのことが大好きでしたよ」。と書き添えた。
コペンハーゲンでの会合の一ヶ月前に遺書を書いていた――ボーア、アインシュタインほかの同僚宛てだったが、ディラックはなかった。人生が「耐え難く」なったと断言したあと、結んでいた。
ここ数年、わたしには、[物理学の]進展を、きちんと理解して追跡することがますます難しくなっていました。努力のあげく、なお一層気力を失い、傷付き、結局、絶望のなかで、わたしは諦めました。(中略)ワシクを殺してしまったあと、どうかわたしを許してください。
エーレンフェストは痛ましい遺書を送りはしなかった。
「量子の海 ディラックの深淵」より
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