私自身もまだ青山拓央の描くタイムトラベルの図を誤解していました。結果として、
「時間の向きは分離できない」という主張は前提にしてもいいと自分で納得した次第。なので、
前回検討した「放物線でなく瓜実型である」という主張は本質では無いということ。といっても、
タージオンもタキオンも光速を跨げないことは前提ではあり。
なのでタージオンが光速を越えて飛ぶことがで過去へいけると定義できる。高速より速ければ、
タージオンはタキオンとなって時計の進み方が反転するから。といっても前段の公理から不可。で、
時を遡ることを可能とするには、時間を分離させるしか無し。しかし同じ宇宙の中で考えると、
時空図の中での道筋になってしまう。つまりもう一つの時空図を考えなければならなく。
重力は時空を歪(ひず)ませるので、甚だしいと観測できるほど時空図自体が傾ぐと記憶を。が、
確か「別の宇宙」には行けるけど、過去や未来を含めて「帰還」は考えなくてもいいほど、
小さい確率だったはず。だからやっぱり一つの宇宙ではなく、時間旅行用の「宇宙」を想定して、
過去への旅行は考えなければならないことに。
『宇宙戦艦ヤマト』でのワープ航法の説明が取っ掛かりになるのですね。ただしワープで飛ぶ、
時間とも空間とも定義できない領域の説明がつかないのでは? 理に適えようとすればワープ中に、
ヤマトは時空を引き連れると考えるべき。時間を遡ることも同じように考えれば、時間旅行者は、
タイムトンネルという特別の時空に乗って、人生をやり直すことが出来るという理由付け。
[2185]『タイムトラベルの哲学』論議、水先案内
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