浅倉南、夜の通学路から見えなくなる。南の通った道に横切る道の一本、太った人影。缶ジュース、
2本持ったキャッチャーの松平孝太郎。

 素振りする和也に松平、近づく。
和也「こらァ! 勝手に抜け出して!」
 放られる缶ジュースに、それを受け取る和也。
「あ、サンキュ」
松平「無理するな。甲子園は来年もあるんだから」
和也「どうかな?先のことはわからないよ」
 訝(いぶか)る松平。
和也「とにかく今、やれるだけやるさ」
松平「南ちゃんのためにか?」
 和也、飲みおわった缶を渡しながら、
「自分のためだよ、ご馳走様」
 和也、素振りを再開。

 雨雲が上空に立ちこめる野球場。雨水、パラパラと落ちてくる。
(佐知子の声)「降り出したわね」
 観客席、並んで座っている佐知子と南。
南「ええ」
(南の父の声)「よ! 生憎の空模様だな」
 南、振り向いて呆れ顔して、
「お店はどうしたの?」
南の父「ちゃんとやってますよ」
南「タッちゃん?」
南の父「そうそう」
南「ったく、いい加減な…潰れたって知らないからね」
南の父「結構頼りになるよ。愛想のないのが玉に瑕だけどね。物覚え早いし、要領いいから」
(南の声)「ありがと」

 雨の野球場、外観。その駐車場が水飛沫をあげて出ていく乗用車、一台。

「南風」、店内。呼び鈴一つ。
達也「いらっしゃいませ」
(原田の声)「また店番か」
 入ってきた原田、肩に目立つ濡れ。
達也「雨?」

「南風」、外観。
(達也の声)「中止か?」
(原田の声)「これくらいの雨ならやるさ」

 野球場、雨の中投げる和也。
(原田の声)「弟は善行の期待を背負って、雨の中泥まみれで戦い、」
 盆を拭いている和也。
(原田の声)「兄は―」
達也「何にするんだよ」
原田「ホット」
 雨の中スタンドで応援する南。娘を見て差していた傘を畳む、南の父。
(達也の声)「和也が背負ってるのは、南の期待だけさ」
達也「ボクシング部練習しないのかよ」
原田「野球部優先でな」
 野球場、一塁に歩く相手チームの打者。三塁から励ます黒木。頷く和也。
(原田の声)「甲子園騒ぎが収まるまで無理じゃねぇか」
 珈琲を挽いている達也。
「甲子園、か」
原田「ん?」
 達也、珈琲を出しながら、
「はい、お待たせ」

 野球場、相手打者、キャッチャーフライ。バックネットに向かって捕る松平。
 笑顔で松平に歩いてくる和也。バックネットに寄りかかっている松平、和也にボールを放る。松平、
立ち上がって和也と並んで歩きながら、
「和也!」
和也「ん?」
松平「甲子園行こうぜ!」
 和也微笑んで、
「おう!」
 松平の背中を叩く。