高砂地区を離れ、その夜宮城県山元町へ行ってきました。

この町へ来たのは、わが町多可町が山元町へ応援メッセージを送ったんですが、その中に僕のもありそれを見たいのもあり伺ったんです。

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中央公民館にしっかり飾ってありました。

ここに来れたのも、もてナイをみてくださっていた山元町役場職員の方とfacebookで繋がってたんですが、今回瓦礫撤去でこの山元町へ来るのが決まった時に、その方と連絡をとることでみることができたので、ご縁にホント感謝です。

山元町のこともここへ来ることでいろいろ聞かせてもらいました。

元々、イチゴやリンゴなどが特産の農業の町だということ。

震災前の一週間前や一年前にも津波警報が出てたけど、何の被害も影響もなく津波に対しての認識が甘くなってたこと。

その結果この町だけで600人もの犠牲者が出てしまったこと。

JRの線路が流され、いまだに復旧してないこと。

そのことで、線路をもう少し山側へ持っていこうという案も出てるけど、利権が絡み話が進まないこと。

そんなこともあり、震災前から何千人ものこの町を去っていたこと。

他にももっとありましたが、TVをみてるだけではわからない話もいっぱいでした。


現地へ来たからこそ得れるものもたくさんありますね。


そして次の日、真っ暗だったこの町の様子も見て知ることかできました。

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こんな光景が広がっています。


ところどころ残る民家の中にはまだ手つかずのところもありました。

そんな中、僕たちが今回させてもらったのは、畑に広がる無数のガラス片などを取り除いていく、地道な作業でした。

瓦礫と言われるひとつひとつと向き合いながら、これはゴミではなくそれぞれに想いがこもってるものだと感じながら作業をしてると、涙が溢れてきました。

もしかすると、ある方が大切にしてたグラスの片かもしれないですし、念願のマイホームに取り付けられていた窓ガラスかもしれませんし…。


そんな作業を終え、そのまま福島県いわき市へ。


ちなみに、移動中に来週のもてナイの舞台、角田市を通りました。

この町に多可町のお見合い大作戦に来てた子もいたという話も聞いたので、特になんてことはないですが、ひとりドキドキしてました(笑)