PCなどが得意ではないので、専ら体力仕事だったと記憶しています。
それでも忙しい合間を縫って、授業参観や運動会などの学校行事には基本的に参加してくれたと思います。
週末にはショッピングモールに連れていってくれて、わたしはフードコートの鉄板オムライスを食べるのがおきまりのコースでした。
わたしも妹も、洋服はあまり持っておらず、お気に入りの服を2つ着回しているような感じで、今思えば、周りの友達に比べると少しみすぼらしい見た目だったかもしれません。
母にはときどき恋人ができて、わたしたち姉妹はその恋人をお父さんのように慕っていたと思います。
みんなで出掛けたり、恋人がおうちに泊まっていたり。
でも、母はどの恋人ともそんなに長くは付き合いませんでした。
どちらからどんな理由で別れていったのかも知りませんが、なんとなく、子どもがいると、大変なんだろうなと思ってしまっていました。
母と過ごす日々は、裕福ではなかったものの、精神的には満たされているような気がしていました。
だいすきなお母さんがいる。それだけでいいと感じていました。
一方で、母に対して、いい顔をしようとしてどうにか取り繕おうとする自分が常にいました。
日頃から母に言われていたことは「母子家庭だから……って言われないようにしっかりしてね」でした。
学校では真面目に、母の前でもいい娘で、いいお姉ちゃんでいないと、という気持ちは強かったです。
思い通りにならないことをストレスに感じると、それを直接妹にぶつけてしまっていました。
暴力的になったり、泣きながら暴言を吐いたり、時には刃物を向けたこともありました。
小学生ながら、わたしにはとてもヒステリックな面があり、それをコントロールすることができませんでした。
敢えて今、妹とこの頃のことを話すことはありませんが、本当に申し訳ないことをしました。
最低な姉です。
おそらく、母は今もこのわたしの行いを知らないでしょう。
つづきます。
