不肖・うつ病の<you.>(読み方:ゆう)です。
EAで人気No.1の書籍「今日この日」を使って、ほぼ毎日祈りと黙想を行っています。
この本には索引があって、テーマ毎に該当する日付が指定してあります。
選んだテーマは「犠牲者」(victim)。
まずは6月11日の文章から一部だけ引用します。
私たちはマジで喜ばし屋になろうとしていたんじゃないのかい?子供の頃、認めてもらうようないろんな事をするのはそれなりに意味のあることだが、大人としての私たちは選択の自由を持っている。
「今日この日」(日本語訳版、2013) 6月11日 今日の思い、より
Were we not really being pleasers ? It is one thing as a child to do things which bring us approval, but as adults we have the freedom of choice .
From 'REFLECTION FOR TODAY' of June 11th , "TODAY" (1987)
私が初めて自分の中にある怒りや恨みを表形式でまとめた時に分かったことは、
私の先入観がとても強いということだった。
私にとっての「当たり前」の考え方とは異なったもの - 会社の上司・同僚の服装や振る舞い/発言/態度、会社での評価、社会のあり方、両親との関係、たまたま出会った幼い生徒の言葉遣い、... - ありとあらゆるものにいらいらとして落ち着きがなかった。
紙に書き出して表形式にしてみると、面白いことにほとんどすべて同じパターンだった。
ある意味、自分の怒りを作り出していたのは自分だった。
喜ばせ屋になろうとしていたのか?
もっと自分自身について分かっていれば、抑うつに苦しむほど怒りを溜め込んでまで無理してニコニコしようとはしなかったと思う。
今だから分かるのだが、その時はそれが私にとって正しい振る舞いだと本気で信じ切っていたのである。
その時はそれが正しいと思っていたし、そのやり方しか知らなかった。
EAにつながって以降、私がいつもいつも痛感しているのは、私たちが住んでいるこの社会や世界というのは自分の想像を超えてとても広く、私の考えとは関係なくいろんな人たちがいて、いろんな考え方や生き方があって、それでもなんとなくまとまっているということだ。
自分の独りよがりな考えを(極力、できるだけ)使わない。
それだけで、心の中がざわざわとする災いを避けていけるようになったようだ。
また自分で応じきれないほど大きな災いがやってきたらどうするか?
その時こそ、EAや仲間たちの集まりから知ったプログラムに戻ってみる。それでも無理なら、後はそこから逃げるだけだ。
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私が、自分が持っている「誤ったプライド(自尊心)」を手放すことができますように・・・
私が、もっと物事をありのままに受け入れることができますように・・・
私がもっと大人になれますように・・・
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※「今日この日」について
「今日この日」は、EAのメンバーによって書かれたもので、1年365日利用できる「思いや祈りや瞑想」のための本です。
今回ご紹介した文章はあくまで引用であり、ほんの一部分です。
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※おことわり
このブログにおいて表されている考えや意見、感想等は、私個人によるものであり、EA全体を代表するものでも、特定のEAグループを代表するものでもありません。