サザエさん日記

サザエさん日記

気分で更新します

Amebaでブログを始めよう!


3/11ですね(´・ω・`)



朝起きたら避難勧告の



防災アラームが鳴っていて



心臓が停止するかと思いました。



というか、防災訓練かよ。



こんな日にやめて欲しい(´-`)



三年前、わたしは



友達と出かけてたか何かで



地震があったことすら気づかず、



おうちに帰ってテレビをつけて



事の大きさに気づきました。



地震があって、津波。



そして原発事故。



立て続けに



自分の住んでいる国の



知らない場所で一体



何が起こっているんだ、と



頭がおかしくなりそうなくらい



何度も何度も流れる



♪ぽぽぽぽーーーん!!!♪



を見ながら思っていました。



あのCMを避けようと



チャンネルを回しても



どこも



♪ぽぽぽぽーーーん!!!♪



だったときは



私がおかしくなったのか



テレビがおかしいのか



もう訳がわかりませんでした。



私が住んでいるのは関西地区ですし



節電!節電!と言われたり、



テレビがACまみれな以外は



私自身あまり生活に変化を



正直感じられませんでした。



メディアで取り上げられる被災地を



ただ愕然と眺めているだけでした。



そのまま時は過ぎて、



わたしが留学している最中、



宮城県出身のお友達ができました。



宮城ときいてとっさに私は



被災地だ、と思い



震災のことについて



根掘り葉掘り聞きたいという



衝動に駆られましたが、



その子が



弾けるような笑顔の裏で



背負っている過去の記憶は



もしかすると



思い出したくないことかもしれない



とブレーキがかかり



なかなか言い出せませんでした。



私は東北に知り合いも居ないので



正直、



あー関西で起こらなくてよかった



という不謹慎かつ利己的な



安堵感が当時ありました。



でもそんな



浅はかな考えだったの私のくせに



聞いておかないと!と



図々しい想いは捨て切れず、



帰国何週間前に聞いてしまいました。



最初は少し渋りながらも



結局話してくれたその子が



経験していることは壮絶でした。



淡々と話してくれましたが



わたしが話を聞くだけで



微かに震えてしまうくらいでした。



3.11当日、その子は



友達と遊ぶ予定をしていて



待ち合わせしていた友達が



津波にのまれて、後日、



結局手や足や



身体の部分が引きちぎられた遺体で



引き上げられたそうです。



他の知り合いも



遺体がボロボロすぎて



顔もよくわからなかったり



身体の一部分の状態で引き上がり、



DNA鑑定でしか



本人だとわからなかったり、



家族の生存確認のために



連絡手段がないため避難所で



○○は生きてるよ!~にいるよ!



と生きているか死んでいるか



わからない家族に宛てたメッセージを



壁に書いていたりと



そんな人が大勢いたそうです。



その子がしてくれた



つらい記憶の話は



恐ろしいほど鮮明で



今でも忘れられません。



震災の映像を見るたびに



その子の話が蘇ります。



その子も含め



被災された方々が



何千人といるわけで



心に大きな傷を負った方は



もっともっといると思います。



そんな人たちの中には今社会に出て、



私たちと同じように生活を営んでいる



人もいるわけで、



きっとその人たちの心の強さには



少なくとも私は、



どう足掻いても絶対に敵いません。



毎日とまでは行かなくても



私は毎年その子の経験を



思い出すでしょう。



被災した方々の心の傷が癒えるには



何年も何十年も、もしかすると



一生掛かるかもしれません。



その人たちの心の痛みが少しずつでも



軽減されていきますように



願っています。




ではでは。