織田先生の変身物語では、毎月課題図書が出るということで
今月はナポレオン・ヒルの「思考は現実化する」。
新しいものを購入するように、とのことでしたが、なんと我が家には
誰が買ったのか分らないけど蔵書されていました。
私はこういう類のビジネス書はまったく読まずにここまで生きて来ました。
織田先生のお話の中によく出てくる哲学書は、大学時代に多少触れたような
気がしますし、「イーリアス」などのギリシャ神話は大好きです。
Mnemosyneもギリシャ神話の「記憶の神」から名づけました。
でも、ビジネス書、自己啓発書の類はノータッチ。
これにはちょっととした理由があります。
昔の仕事の同僚で、やたらとビジネス書好きな男性がいました。
おまけにお説教好きで、誰彼と捕まえては自分がビジネス書で得た
知識を披露していました。金言格言も大好きで、会議中も「戦略と戦術の違い」
だの「知識と知恵の違い」と得意になって蘊蓄を傾けていました。
私は彼のことをこっそり「勘違いウルトラマン」と呼んでいました。
誰にも頼まれてないのに宇宙パトロールをして怪獣退治に命をかける。
彼が勝手に怪獣だ!と思ったものに「シュワッチ!」すると、
それが怪獣だったかどうかは関係なく、周囲のビルは破壊され人々は怪我をする。
そして「皆のために戦った」と自己陶酔のまま去って行く。
はっきり言って、迷惑以外の何者でもない人間でした。
誰かの役に立ちたいという志は大きいが、人間の器があまりに小さくて、
言葉だけが空しく響き、私は彼にある種の「下品さ」さえ感じていました。
しかし、私はどこかで、この「自分とは相いれない世界」に
自分が殻を突き破れない理由があるのでは、と感じていたのです。
織田先生のお話を聞き、それに気づくことが出来ました。
私はどこかで、「成功の哲学」なんてものを必死で読み解くこと自体が
下品なことだと思い、避けていたのです。格好悪いことだと思いこんでいたのです。
でも、そんな気持ちと真逆の行為、「起業する」ということに自ら挑む
ことになります。この矛盾が、私に「仮面を被る」という自己欺瞞をもたらします。
そして、当然のことながら起業に失敗。大きな犠牲を払うことになりました。
そして今、2度目の起業に挑戦する段取りがつきました。
このタイミングで織田先生に出会います。
今の私は、この「成功と自己実現のためのプログラム」を
純粋な気持ちで読むことが出来ます。
とても楽しみです。
今月はナポレオン・ヒルの「思考は現実化する」。
新しいものを購入するように、とのことでしたが、なんと我が家には
誰が買ったのか分らないけど蔵書されていました。
私はこういう類のビジネス書はまったく読まずにここまで生きて来ました。
織田先生のお話の中によく出てくる哲学書は、大学時代に多少触れたような
気がしますし、「イーリアス」などのギリシャ神話は大好きです。
Mnemosyneもギリシャ神話の「記憶の神」から名づけました。
でも、ビジネス書、自己啓発書の類はノータッチ。
これにはちょっととした理由があります。
昔の仕事の同僚で、やたらとビジネス書好きな男性がいました。
おまけにお説教好きで、誰彼と捕まえては自分がビジネス書で得た
知識を披露していました。金言格言も大好きで、会議中も「戦略と戦術の違い」
だの「知識と知恵の違い」と得意になって蘊蓄を傾けていました。
私は彼のことをこっそり「勘違いウルトラマン」と呼んでいました。
誰にも頼まれてないのに宇宙パトロールをして怪獣退治に命をかける。
彼が勝手に怪獣だ!と思ったものに「シュワッチ!」すると、
それが怪獣だったかどうかは関係なく、周囲のビルは破壊され人々は怪我をする。
そして「皆のために戦った」と自己陶酔のまま去って行く。
はっきり言って、迷惑以外の何者でもない人間でした。
誰かの役に立ちたいという志は大きいが、人間の器があまりに小さくて、
言葉だけが空しく響き、私は彼にある種の「下品さ」さえ感じていました。
しかし、私はどこかで、この「自分とは相いれない世界」に
自分が殻を突き破れない理由があるのでは、と感じていたのです。
織田先生のお話を聞き、それに気づくことが出来ました。
私はどこかで、「成功の哲学」なんてものを必死で読み解くこと自体が
下品なことだと思い、避けていたのです。格好悪いことだと思いこんでいたのです。
でも、そんな気持ちと真逆の行為、「起業する」ということに自ら挑む
ことになります。この矛盾が、私に「仮面を被る」という自己欺瞞をもたらします。
そして、当然のことながら起業に失敗。大きな犠牲を払うことになりました。
そして今、2度目の起業に挑戦する段取りがつきました。
このタイミングで織田先生に出会います。
今の私は、この「成功と自己実現のためのプログラム」を
純粋な気持ちで読むことが出来ます。
とても楽しみです。