フィリピンに行って一ヵ月後、
つまり、
ビザを申請してから
ちょうど1ヵ月が経って、
合格発表の当日
韓国から電話がかかってきて
ビザが受かったと言う嬉しいお知らせをもらいました。
僕は韓国に戻り、
ビザを受け取ったけど、
すぐには日本に行かずに
とりあえず、フィリピンでもっと色んなことを経験したかったため
語学研修を終えてから
日本に行くことを決めました。
3ヶ月のフィリピンの生活を終えて、
僕は悩みました。
最初はすぐ東京に戻って
1年間頑張ってお金をためて、
専門学校に入ろうとしました。
でも、悩んでるところ
MIXIで知り合った知人から
ある提案が来ました。
岡山に住む人でしたが、
岡山で韓国の食堂をOPENする予定だけど手伝ってくれないかと言う話でした。
当時の日本はまだ不景気でしたし、
東京に行ったところで仕事がすぐ見つかるとはかぎらなかったです。
ただ、
ネットで知り合った人でしたが、
その人が韓国に来たときに直接会って、色々話してやっぱり岡山に行くことを決めました。
東京は勿論、
僕が住んでたとことだから
住みやすいし、友達も多いけれども、
東京だけじゃ日本を知ることはできないと思いました。
自分は日本で将来のことを
考えていたし、もっと日本のことを、
そして日本人を知りたいと思い、
岡山へ行くことを決めました。
2010年3月15日
僕は再び
日本行きの飛行機に乗りました。
最初の生活は
かなり。。大変でした。
多分、日本に初めて来た頃よりも
大変だったような気がします。
ネットで知り合ったたった一人の知人以外、僕が知ってる人は誰もいませんでした。
勿論、韓国人も見かけたことがなかったし、外国人を見ることも難しかったです。
OPENする予定だった韓国の食堂の話はなくなってしまい、
気づいたら僕はいつの間にか工事現場で働いてました。
岡山は東京とは違って、外国人が働くことは簡単ではありませんでした。
バイト情報誌を見て、
電話をかけたところで
名前を言ったら。。
外国人だと言うことだけで
断られたことが何回もありました。
結局知人の紹介で工事現場で働くことになりました。
基礎工事の仕事で、現場の仕事は初めてだったので何から何までわけわからなかったんですが、
社長さんが物凄く親切で優しくて
凄く助けてもらいました。。
見た目は凄く怖かったんですけど、
中身は凄く純粋で優しくて世話好きで、本当に尊敬できる人でした。
僕はこの社長に会って、
本当に人は見かけによらないな。。
って身にしみてわかりました^^
でも、東京とは違って
工事現場の仕事だとしても
そんなにお金がもらえるわけではなかったです。。
しかも朝6時に起きて7時まで集合場所に行って、
車で移動して仕事、
終わったら夜の7時。。
家に帰ってきたら体はぐたぐたで。。
自分の時間は全然ありませんでした。
そして、
本当にこれでいいのかな。。って
思いました。。
悩んだあげく、
僕は結局
現場の仕事をやめることにしました。
その後、バイト情報誌を見てたら
ある広告が僕の目に入りました。
ピアノがおいてる小さいバーでしたが、演奏者や歌を歌う人を探してますと書いてありました。
僕はすぐ電話をかけて、
お金はもらわなくてもいいです。
歌わせてください!!
といいました。
したら、とりあえず面接に来てくださいと言われまして、僕は翌日そのバーに向かいました。
凄くアンテイークな雰囲気のバーでした。詳しく言うとバーというよりはスナックに近いとこでしたけどね。。
それはおいといて^^;
僕はなんとかママに気に入ってもらい
そこで働くことになりました。
自給は工事現場で働いてたころより
全然すくなかったし、働く時間も短かったんですが
こっちの仕事の方が断然
現場の仕事よりは僕に向いていて、
やっていて楽しかったです。
色んなお客さんと話ができて、
時にはお客さんの前で歌ったりもして、すごく楽しかったです。
でも、店はそんなに込む店ではなかったしお客さんが一人も来ない時も何回もありました。
仕事も楽しいし、ママも一緒に働くスタッフもすごくいい人でしたが、
お客さんが来ないことも含め、
ここで仕事を続けることは難しいと思いました。
ママは僕に何も言いませんでしたが、
お客さんが来なくて、
本当はママ自身にも全然お金になってないのに、
僕を雇っていました。
結局僕は現場の仕事に戻ることを決めました。
色んな状況や、ビザの期間とかも考えたら、とりあえずお金を稼ぐことが僕には最優先の仕事でした。
バーの仕事をやめますと
ママに言って、
まだ、バーで働きながら、
現場の仕事を一緒にしてた頃でした。
ちょうど僕の誕生日でしたけど、
その時、
岡山に来てほしいと提案した知人から
連絡が来ました。
ずっと連絡がなかったので、
僕は何でいきなり連絡したんだろう。。?と思いました。
内容は、その知人が僕に男の友達を紹介してくれたけど、その男の友達にお金とか渡してなかったの。。?その人
騙しやらしいよ!っていう内容でした。
ちなみにその男の友達は
僕の家を探してくれたり家の契約とかを手伝ってくれたり、あと岡山の色んなところを車で連れててくれたり、初めて岡山に来てた僕にすごく親切にしてくれた人であり、恩人でした。
そして、唯一な友達でした。
でも、電話を出て僕は考えました。
そういえば、家賃を彼にずっと渡していたんです。
大家さんの店と同じ建物で事務所を使ってた彼は、僕にいちいち家賃を振り込むこともジュン君には手数料もかかるし、負担になるから俺が代わりに渡してあげると言われて、
僕は毎月彼にお金を渡していました。
怪しいと思った僕は、
電話で知人に実は家賃を渡していたと話して、知人は驚いてすぐ大家に
電話して確認をしたところ、
家賃は最初の契約金以外は、一切もらってないという話を聞きました。
僕は、頭が真っ白になりました。。
彼は岡山に来て、
唯一に信用できる人でした…
本当に友達だと思いましたし。
考え方もすごく似ていて話も凄く合いました。。
悩みがあるといえばすぐに車で来てくれて話を聞いてくれてた友達でした。
でも、彼はただお金のために友達のふりをしてただけでした。。
友達だと信じてた人が騙しやだって言うことを。。
しかも誕生日に。。聞きました。
僕は、悲しいって言うよりも。。
むなしかったです。。
何で人は人を騙すんだろう。。
お金って何だろう。。
人間って何だろう。。
また、バーの仕事があったんで、
僕は落ち着くこともできずに、
バイト先に向かいました。
ママは僕の誕生日だからって
特別にお祝いをしてくれました。。
スタッフで誕生日が同じだった人がいて、一緒に誕生会をしたけれども、
それでも、僕は凄く嬉しかったです。
でも。。友達に裏切られたというショックもあって。。
なんだか頭が複雑でした。
今日は
幸せな日になりたかったんだけどね…
って思いながら。。
その日に限ってお客さんも多かったし。。忙しかったです。。
でも、生まれてはじめての誕生会だったから、僕には凄く意味がありました。
家に帰って。。
今日起きたことを
振り返ってみました。。
でも、頭が痛くなって
考えることをやめることにしました。
それから何日が経って、
家賃のこととか無事に解決できて、
やっと落ち着くことができました。
かわいそうに思っていた現場の社長は、一軒家で住んでいたので、
あまってる部屋があるから来いよと言われて、無事引越しすることができました。
周りの大家さんや知人とかスナックのママとか。。僕のことをかわいそうだとか言ってましたけど、
でも自分自身はそう思わなかったんです。。
誕生日の当日は。。
何がなんだかわかんなくて。。
めちゃくちゃでしたけど。。
よくよく考えてみれば
俺でよかったんだな。。
って思いました!
逆に神様に感謝しました!
もし、僕じゃなくて本当に言葉もしゃべれなくて、お金もなくて、助けてくれる人もないそんな人よりは僕でよかったんだな。。って思いました^^
僕には僕のことをちゃんと心配してくれてる人や、僕のことを助けてくれる人がいましたからね。。
そして、
こういうことがあったからこそ、
周りの人の大切さがわかることができました。^^
僕は何ことでも、きっと理由があると思うんです…
何で…?
何で私だけに…?
何でこんなことが起きるんだろう…?
人は誰でも人生を生きていく中で
納得いかないこととか
むかつく事とか
沢山あると思うんです。
痛い経験や
辛い経験とか、
沢山あると思うんです。
でも、理由がないことなんて
意味がないことなんて一つもないと思うんです。
僕は神様を信じてます。
だから聖書も読みますけど、
聖書にはこんな言葉があります。
神様はあなたを立派な人間にするために試練を与えると、
そして、あなたが乗り越えられない試練は与えないと。。
そう書いてます。
僕はこの言葉を信じてます。
嬉しいことも、悲しいことも、
痛いことも、腹が立つことも沢山あると思います。
これからも沢山あると思うんです。
でも、これは自分自身が成長するための種になると思うんです。
今日流した涙が、
1年後には
10年後には
幸せの花になって
僕の隣に、
綺麗に咲いてると思うんです。
だから、僕はこんな経験をしたことを
神様に感謝しました。
この経験を通じて、
もっと色んな人の気持ちを
理解することができますからね!
そして、
また前に一歩踏み出せるきっかけになりますから^^
夢中になって書いていたら
だいぶ長くなりましたね^^;
すみません! 続きはまた
His story #5で…^^;
最後に僕が好きな言葉を書いて
終わりにしたいと思います。
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人生は近くでみると悲劇だけど、
遠くからみると、喜劇だ。
By チャーリー・チャップリン