第6回 『魍魎の匣』下 | ちょい悪爺LEONのブログ

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大阪フィルハーモニー交響楽団のファンで、その演奏会を中心に投稿します。写真撮影は公共交通機関を利用して行ける所を中心に復活しましたが、写真はインスタにpostしています。
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2008/11/24(金)
LEONです。

京極夏彦京極堂シリーズ2巡目を読んでいます。
第2作魍魎の匣分冊文庫版の下を読み終わりました。

魍魎とは?
霊能者御筥様教主こと寺田兵衛のもとに、探偵榎木津、記者鳥口
作家関口を引き連れ、陰陽師京極堂こと中禅寺が乗り込む場面。

引用します。

車外は結構冷えているらしく、幌を通して冷気が染み込んで来る。
前屈みになって早朝の町を見ると、一面に朝靄が立ち籠めていた。
朦朧と人影が浮んだ。
影の周りに出来る薄い影を罔両(もうりょう)と云う
この町は、まるで深海だ。

中略

存在の凡てが朦朧としていて、曖昧な姿にしか見えぬのなら、存在
自体が朦朧として曖昧なのと変わりない。
そんな世界は外側と内側の境界がぼんやりしていて不安になる。
ぼんやりした境界---それこそが魍魎だ
御筥様は間違っている。堅固な囲いの中に魍魎など湧かぬ
囲い自体が、瞭然としない囲いこそが、魍魎なんだ
薄影が輪郭を顕にした。
それは影ではなく、黒衣の男だった。
漆黒の着流し、手には手甲。黒足袋に黒下駄。鼻緒だけが赤い。
魔除けの晴明桔梗を染め抜いた真っ白な羽織を手にした、これこそが
黒衣の男---。
京極堂である。

引用おわり。

京極堂は乗り込んで教主に対峙し、いよいよ憑き物落としを始める。

引用開始。

『箱は良く出来ていますが、場所が悪い』
『な、何を無礼な、この御筥---』
『だいたい方角が違っている。魍魎でしょう? このご神体、鬼門に
配すのはどう云うことです!』

中略

『これではこの箱に悪いモノが寄りつくだけだ』
『ば、馬鹿者、だからこそ鬼門に配しておるのが解らんか!良いか、
心の隙間、精神の虚ろに澱み吹き溜まる悪しきモノ、そこに湧き出ずる
魍魎を』
『だから、魍魎なら方角が違うんですよ』
『違う?』
『鬼門は丑寅だから、でしょう』
『鬼?』

中略

魍魎は方良とも云う。方良---つまり四方にいるのです。北東にばかり
いるものではない。魍魎退治のエキスパートたる中国の方相氏は、
墓穴に湧くそれを四方を鉾で撃って退治したと伝えられる。方相氏は---
ご存知でしょう?』
兵衛は答えない。
兵衛がただの箱屋なら、たぶんそんなものは知らない。

引用終り。

さて、
映画では堤真一が演ずる京極堂。
反閇(へんぱい)を踏むところがかっこいい。
五足反閇『天武博亡烈』
九足反閇『臨兵闘者皆陣列在前』

物語はいよいよ佳境に。

で、あまり詳しく書いてはいけないとは思いますが、脳が生きていれば
残りは人工であっても人間は死なないという美馬坂の研究。
これに対し、京極堂が迫る。
『美馬坂さん。いいか、意識は脳だけで造り出されるものじゃない。
人間は人間全部で人間なんだ。脳髄はただの器官だ。部分的に
欠損した場合は幾らだって補えるが、脳だけ取ったって何も残らない。
身体と魂は不可分なんだ』
『脳髄は部分だ。脳が人間の本体だなんて考えは、魂が人間の中に
入っていると云うのと変わりのない馬鹿馬鹿しい考え方だ。この世が
なければあの世があり得ないように、肉体がなければ心もない
・・・・・と。

事件が終り私(関口)と京極堂の会話。

私はあれからずっと気になっていることを、京極堂に尋ねた。
『なあ、おい。魍魎とはいったい何だったんだ?君はあの時、境界だとか
云っていたが、どう云うことだ。それに君のお祓いは成功したのか?』
京極堂は片眉を吊り上げて私を見た。
『君も呑み込みの悪い男だなあ。魍魎はね、人に憑くモノではないんだ
だから落とせない』
『落とせないって、それじゃあ』
『魍魎そのものはね、沢川にいて、人の声を真似て人を惑わすモノだ。
形はあっても中身はない。何をするのでもない。惑うのは人の方だ
『人の方?』
『それじゃあ君が落としたのは?』
『何。心の中心を揺さぶって、余計なモノをふるい落としたのさ。
ゆらゆらとね』



京極夏彦という人の博学ぶりと構成力見せ付けられた思いで一杯です。
おもしろいですよ。
本の分厚さに圧倒されがちですが、読み始めたら一気に読まずには
居られない。まいりました。